組み立ての差

そしてもう1つは、スペインで育ったフアン・マタの持つ「組み立てのシステム」を熟知していることから来る違いだ。

32秒からのプレーのように、マタは何度かDFラインの近くまで下がって組み立てを助けている。香川も勿論、チームが上手くいかない時には下がってきてボールに触ろうとするが、そこには「小さくて大きな違い」がある。それはDFに強いメッセージを込めたパスを出すということである。マタはDFラインにボールを送ると、手振りやフリーランによって受けた相手の次の選択を誘導しようとする。つまり、組み立てを不得手とするDFラインをなんとかして助けようとしているのである。フリーランでCBの前にスペースを空け、「持ち運べ」という素振りをするところなどは特に印象的だった。

日本代表でいえば、この仕事をするのは遠藤である。チームの心臓となる彼は、DFラインを何気なく動かすことによってチーム全体を操って行く。例えば、余裕があるので持ち上がって欲しかったらスペースに弱めのパスを、GKに下げて欲しかったら強めのパスをといったように。下がっていき、正確なパスを無駄なく返すことは香川もやっているが、受けた相手のことにまではまだ気が届いていないように見える。動画でいえば2分32秒のプレーや、2分55秒からのプレーで下げるパスの精度が低くなる場面が散見される。これは、ドルトムントというチームでは下げた先にフンメルスというパス精度に優れたCBが存在していたことにも関連するのだろう。ここは能力や技術というより、むしろチームの特性と関連した意識的な差である。そして、この意識を変えることは勿論代表でも大きなメリットとしてチームに影響するだろう。

チェルシーでは多くのチャンスを創り出していたフアン・マタである。「モイーズが彼を使いこなせていない」という批判が集まるのもわからなくもない。しかし、モイーズはマタを単に「使いこなす」ために取っただけではないだろう。恐らく彼に期待しているのは世界レベルのアタッカー陣を爆発させる「起爆剤」としての役割であるはずだ。

その期待に応えるようにマタは、ストーク戦ではパス成功数でクレバリーに続くチーム2位(同数でキャリック)、成功率でも怪我で下がったフィル・ジョーンズを除けばチームで1位の数値を残している。先制のアシストもしっかりと決めているし、「起爆剤」としての役割は十分に果たしているといえるのではないだろうか。ルーニーやファン・ペルシー、そして特に印象的なのは控えに甘んじていたアシュリー・ヤングが輝きを急速に取り戻しつつあることだ。このような競争の激化は、アタッカー陣の更なる成長にも繋がるだろう。特にベルギーの神童ヤヌザイ、フィジカルで勝負出来る未来のエース候補ウェルベックが競争の中で更なる飛躍を遂げることを望んでいるはずだ。

香川真司にとっては、ここは大きな岐路となるだろう。同じような体格で堂々とプレミアで闘うマタを目の当たりにして、日本のエースが燃えていない訳がない。しかもプレーの質だけでいったら、長短はあるものの香川真司が上回っている部分だって存在している。例えば俊敏性。特にボールを出した後に、そのまま視野を保つように後ろ走りで何気なくエリア内に侵入するプレーは一見だ。5分30秒からのプレーでは、その俊敏性を生かしてフェイントで対面の相手を手玉に取っている。

多くのデメリットも考えられるものの、マタと香川、似たタイプの2人が1トップの下で共存するという選択肢にも可能性が眠っている。アルバート・アインシュタインの名言のように、ピンチの中には大きなチャンスが眠っているはずだ。厳しいスタメン争いと世界屈指のアタッカーの中で彼の大きな成長に期待したい。


筆者名:結城 康平

プロフィール:「フットボールの試合を色んな角度から切り取って、様々な形にして組み合わせながら1つの作品にしていくことを目指す。形にこだわらず、わかりやすく、最後まで読んでもらえるような、見てない試合を是非再放送で見たいって思っていただけるような文章が書けるように日々研鑽中」
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