④「理想的スペース」を作る
また、前述の③で行った「動きなおし」にはもう一つの武器が隠されていた。
それは興梠の真骨頂の二つ目、「理想的スペース」を作るという彼の特性である。
ここで言う「理想的スペース」とは何か。
なかなかワンフレーズでは表現するには無理があったかもしれないが、説明を加えるならば、「自分が次のアクションを行いやすくするためのスペース、例えば、トップスピードで走りこみやすくするための助走距離を用意するためのスペース」と考えて欲しい。
味方からのクロスボールに合わせる状況はケースバイケースであるが、「動き出しの質」で勝負する選手に共通する理想は「ボールが来る前にフリーの状態になっていること」。また、それは叶わずとも「ボールが合わせるタイミングで、相手選手よりも先にボールが触れる状態になっていること」である。
では、そのためにはどのような準備が必要になるのだろうか。
その答えの一つが上述の「理想的スペース」を作ることだ。
今回のケースで具体的に説明すると、興梠が立田よりも先にボールを触るためには、リーチやフィジカルコンタクトの面で優位性のある立田との駆け引きでリードを奪う必要であった。
そこで彼が行ったのが、一旦ファーサイドに流れることで立田との距離を取り、さらに、ニアサイドに来るであろうボールに対して可能な限りトップスピードで飛び込むための助走距離を自らの意思で作るというものであった。
そして、この巧妙な駆け引きが功を奏し、興梠は立田とのポジション争いに勝利。ゴールを生み出したというわけだ。
無論、ゴールの直接的な要因となったヘディングの技術も特筆すべきものであり、彼の恵まれた身体能力(とりわけ敏捷性や跳躍力)も触れざるを得ないところではある。さらに言えば、橋岡の右足から繰り出された精度とタイミングが共に良質であったクロスも秀逸であった。
だが、そこに至るまでの「動き出しの質」が欠けていては、ヘディングを実行するにも至らなかったことも忘れてはならない事実だ。
「クロスボールへの対応は高身長が有利だ」
それもたしかに疑いようのない真実と言える。
「日本人FWが世界中に存在する高身長DFを相手にするのは難しく、なかなかクロスボールからはゴールを奪えない」
その見識も間違っているとは言えないだろう。
だが、興梠の真骨頂を紐解けば、その凝り固まった考えは、かなり揉みほぐされるのではないだろうか。
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