いよいよ本日、前回王者の日本代表がアジアカップの初陣を迎え、グループ初戦で中東のパレスチナ代表と対戦する。
大会初出場で最新のFIFAランクは115位。格下であることには違いないが、しかし侮ることはできない。
昨日はヨルダンとの関係をQolyでも紹介したが、パレスチナは日本が苦手とする南米との所縁も非常に深いのだ。
南米とパレスチナ
南米の公用語はブラジルとギアナ3国を除いてスペイン語だが、イタリア系が半数を占めるアルゼンチンをはじめ、様々な国からの移民で成り立っていることはご存知のことであろう。
パレスチナもその一つで、かつて英・プレミアのフラムで活躍したアルゼンチン人FWファクンド・サバはパレスチナ代表からオファーを受けた過去があり、南米ではないが元メキシコ代表のミゲル・サバ―はパレスチナ系であった。
アルゼンチン国内やフラムで活躍したサバ
2009年ゴールドカップのメキシコ代表サバ―
特にその関係が深いのがチリだ。
チリのパレスチナ系移民の歴史はイスラエルとの衝突ではなく1850年代のクリミア紛争にまで遡り、現在までに南米最大となる約35万人ものコミュニティを築いている。そして、国内リーグにはその名も“パレスティーノ"というクラブが存在するのである。
パレスティーノって?
パレスティーノはその名の通り、1920年にパレスチナから入植した移民たちによって設立されたクラブである。
20世紀に2度の国内リーグ優勝経験があり、特にDFながら3年連続で南米最優秀選手に輝いた重鎮エリアス・フィゲロアらを擁した1970年代に3度コパ・リベルタドーレスに出場した経験を持ち、1990年代には後にスペインのレアル・マドリーを指揮するマヌエル・ペジェグリーニ(現マラガ監督)が指揮を執ったことでも知られる。
ユニフォームもパレスチナのカラーで、
(Wikipediaスペイン語版より)
まさにパレスチナの国旗そのものである。
基本的には中堅クラブに過ぎず1970年代以降は長らく国際舞台から遠ざかっていたが、昨年末に行われたプレ・リベルタドーレス(出場権をかけた予選)で、サンティアゴ・ワンデレルスに2試合合計で大勝。 1979年以来実に36年ぶりにリベルタドーレスの出場権を獲得したのであった。