悲劇の引き金と扱われても
死者は最終的に135人となった。この惨劇はインドネシア中が国を挙げて喪に服した。ただ一方で当事者となってしまった山本は苛立ちを覚えていた。
「正直に言ってちょっとイラッとしました。確かに人が亡くなることは残念なんですけど、例えばそこで俺が巻き込まれていたらと考えたら…。たかがサッカーの試合、たかがサッカーの勝ち負けなのに、そこで自分のチームが負けたからって怒って、暴れ出して、それで巻き添えを喰らったらたまったもんじゃないですよ。みんなそう思っていたと思いますよ。
なんで試合に負けて入ってきちゃうかなと…。ちなみにそれはいまもありますよ。サポーターが怒っちゃって(選手たちが)スタジアムから出られない、物を投げられるとかありますよ。この前も相手チームのサポーターに石を投げられてバスの窓が割れちゃったチームもありましたね。未だにインドネシアはそういうのがありますから何も学ばないなと呆れています」
決勝点を挙げた山本はやり玉に挙げられるようになった。惨劇のニュースのダイジェスト映像の多くが山本の決勝点のシーンを放送し、まるで悲劇の引き金になったような扱い方をした。
ただ一方でゴールを決めた山本はポジティブに自身のゴールを振り返った。
「あのゴールは『やっちゃったぜ』と思っています。正直に言って悪いとは何も思っていません。それこそさっき言ったように自分のキャリアの中でのベストに選ぶ可能性のあるゴールです。あのときの試合の雰囲気が自分はすごく好きです。その殺伐とした中で一番楽しい試合でもありました。
なので、特に相手チームのアレマのサポーターが俺のインスタグラムのコメントに来て『俺(お前)が点を取ったせいで』『お前のせいで人が死んだんだ』と言われたりもしましたけど、『知るか!』と思っています」とキッパリ。
これまでインドネシアでは数多くのサポーターからいわれのない言葉を投げかけられたが、あの殺伐とした瞬間に決めたゴールをいまも大切にしている。悲劇のゴールといわれようが、関係ない。むしろ悲劇の当事者に祭り上げられた理不尽に屈しない男は堂々と前を見据えていた。