東京蹴球団
創設年:1917年
1917年は実は、日本代表(当時の東京高等師範学校、現在の筑波大学)が初めて国際試合を行った年でもあった。
しかし、日本は中国代表に0-5、フィリピン代表に2-15で大敗。この敗戦を目の当たりにした内野台嶺は、母校の東京高等師範学校や青山師範、豊島師範らのOBを集めて日本初のクラブチームを作った。それが東京蹴球団である。
東京蹴球団は1921年11月に開催されたア式蹴球全國優勝競技會で優勝したが、この大会は後に「天皇杯全日本サッカー選手権大会」と名を変えている。そう、彼らは今年の元日に鹿島アントラーズが制した天皇杯の第1回大会優勝者だったのだ。
その後、第二次世界大戦の影響を受けながらもクラブは細々と存続、昨年、東京都社会人サッカーリーグ1部で初優勝を果たした。彼らは現在、アマチュアの最高峰であるJFLを目指し戦っているのだという。
そんな日本最古のクラブ、東京蹴球団は今年めでたく100周年を迎える。
なお、ナンシー(フランス)、AZ(オランダ)、トラブゾンスポル、シヴァススポル(トルコ)などは今年で50周年だ。