現在の福島に思うこと
あの日から14年目を迎え、西シェフが住む広野町は徐々に賑わいを取り戻しつつある。
「広野町は20キロ圏外だから解除も早かった分、人口も9割くらい戻ってきているんですかね。広野はいいですけど、まだこれから浪江町、双葉町、大熊町はね…。いまやっと大熊と双葉は駅前にビルを建てていて、スーパーができてこれからだからね」
Jヴィレッジが所在する楢葉町(一部施設が広野町にも所在)が公表する町内居住者数によると2015年時点で1000人を切っていた町内居住者が2017年4月30日時点で1616人(854世帯)まで増え、今年1月31日には4477人(2427世帯)まで回復した。ただ震災前の2010年は総務省統計局の国勢調査によると人口7700人だったと考えれば、現在も復興の途上にある。
ただ完全な復興まで前途多難のようだ。
西シェフは「ただこんなことを言うと叱られるけど、補助金だからね。(新しい)レストランは5年くらいタダで家賃もかからないし、はっきりは分からないけど、光熱費もかからない。そういう(補助金が)あるからいいけど、楢葉だって5年経って去年から家賃が発生している。だから、やっていけないところはすぐ出ちゃって、夜は閉めているね。いまはいいけど、その後だよね。
5年後にどうなっているか。行政のやりたいことは5年後には人がいっぱいいて、たくさんの人の賑わいを作り出すためにやっているけど、なかなか難しいよね…。広野だって(工事)作業員用の宿舎、アパートと仮設(施設を)いっぱい作って、ホテルも作ったけど、ある程度(復興の作業が)終わっちゃっているからほとんど作業員がいない。作業員の人たちは大熊、双葉の近くに行っちゃう」といま町が抱えている現実を吐露した。
一方で未来の担い手である子どもたちが増えつつある。楢葉町の町内居住者数によると、2017年4月30日時点で14歳以下の町内居住者が113人だったが、今年1月31日までで421人に増加した。子どもが増えたことでこの地域は活気を取り戻しつつある。
また2013年1月には元日本代表の小笠原満男(岩手県出身)さん、同代表の柴崎岳(鹿島、青森県出身)ら東北出身の選手が発起人となって立ち上げた『東北人魂を持つJ選手の会』が広野町、いわき市の小中学生を招待してサッカー教室を開催した。
西シェフは「小笠原さん、岳ちゃん、本山(雅志)さん、西(大伍)さんと、アントラーズの選手が広野の運動公園で、10人もいない子どもたちに向けてサッカー教室を開いてくれました。2回くらい震災の後にやってくれましたね。外で遊ばなかった子どもたちが一生懸命に走り回っている姿は忘れられないね。お母さんが『きょうこうやって子どもが走り回っている姿や、うれしそうな顔を見て戻ってくることにしました』と言っていました。その10人くらいだった子どもがね、いまこんなにたくさんいるというのがね」と目を細めていた。