彼はイタリアのユーススカウトセンターISMアカデミーの才能発掘プログラムによってスカウトされ、金正恩が北朝鮮をスポーツ大国に変えようと励むなかで最大のサクセスストーリーになった。

その後、ハンはカリアリのユースチームに引き抜かれる。2017年3月に加わったカリアリユースで得点を量産すると、同年4月にはプロデビュー、その1週間後には初ゴールを決めた。

当時のカリアリU-19監督は「最初は簡単ではなかった、彼は英語もイタリア語も分からなかったからね。でも、すぐにイタリア語を覚えた」、カリアリユース時代のチームメイトも「とてもとても良い選手だった。ちょっとシャイだけどナイスガイでね。彼に話しかけて馴染める助けをしたよ。車で迎えにいって、一緒にトレーニングに行くこともあった」と話している。

その元チームメイトは、ハンとペルージャにいた北朝鮮人FWチェ・ソンヒョクに何度か北朝鮮について尋ねたものの、彼らは何も語らなかったそう。

「2人は何も言わなかった。何かを言うことを少し怖がっているように見えた。

『分からない』とかちょっとしたことは言うけれど、大抵は遠慮がちで何も言いたがらなかった。

彼(ハン)が家族について話したことを覚えている。家族は国にいて、会いたいけれど、いつ帰れるのかも会えるのかも分からないと。あの時、彼がイタリアと母国を行き来するのは簡単じゃなかったからね。

自分がやっていることと比べて、彼が故郷についてほとんど話さないのはクレイジーだと思ったことを覚えている」。

その後、2020年1月にユーヴェが350万ユーロ(5.5億円)でカリアリからハンを獲得。

U-19の元監督は「カリアリにとっては相当な掘り出し物になった。彼は0円でやってきたからね。(ユーヴェからの関心には)かなり驚いた。彼はとてもいい選手だったけれど、若かったし、どこまでやれるかは分からなかった。チームには同じような資質の選手たちもいたがあまり話題にならなかった。彼が北朝鮮人であることは大きな問題だったからね」と話している。

だが、ビアンコネリのユニフォームを着るというハンの夢は1週間しか続かなかった。わずか1週間後にカタールのアル・ドゥハイルに700万ユーロ(11億円)で売却されたからだ。

(上記のように北朝鮮は国連安保理から制裁を科され)ハンは恵まれたサッカーの才能を持っていたが、例外扱いはされなかった。

ユーヴェとアル・ドゥハイルが国連安保理の送還期限が過ぎた2020年1月にどうやって移籍を進めたのかは不透明なままだ。彼の元代理人とアル・ドゥハイルにコメントを求めたが、すぐに返答は貰えなかった。