右SB:ジョスリン・アングロマ(当時バレンシア)

当時の欧州サッカー界を席巻していたバレンシアを黒子として支えたフランス代表DF。

PSGやマルセイユ、インテルでプレーした後に30歳を超えてバレンシアに加入すると地味ながらチームを支えた。

若い頃はアタッカーだったが、本人によれば、当時のフランス代表監督だったミシェル・プラティニによって右SBにコンバートされたそう。

EURO1992では大会ベストイレブンに選ばれたが、W杯の舞台では一度もプレーできず。

ちなみに、当時のバレンシアには、アングロという選手もいて、アングロマと右サイドを組むこともあった。