プロフェッショナル対「プロフェッショナル」
そんな訳でアディショナルタイムに入った記者会見ですが、4人目で登場したのは、夕刊フジの久保武司。
「ジーコさんもオシムさんもザッケローニさんも、引いて来るアジアの国相手に苦戦していました。ハリルさん、これに対するマジックや引き出しといった対策はもうされていますか?」
これに対して、この経験豊富な指揮官は、当然のように答えます。
「フットボールの中にマジックはありません。強いて言うと、得点を取るために日々のトレーニングを積むだけです。いろいろな事を向上させて。ただ、今夜の試合でもチャンスはあったし、選手は得点を取ろうという気力はありました……」
そして、イタリアならPKをもらう場面が3つはあったと指摘しながら、勝てなかった時は自分を責めてくれ、勝った時は選手をほめてくれという、他と変わらない熱弁で締めました。
しかし、次の質問にも引き続き熱弁を振るい、30分近くにまでなったこの記者会見を終えて退出しようとした時、出口で声がけをして引き止めたのが久保記者。この時は簡単な会話で、お互いに笑顔で別れていたのですが……。
Qolyをご覧の方は大半が熱心なサッカーファンですから、ハリルホジッチの答えにある程度納得し、久保のやり方には「違和感」を覚えるでしょう。
ただ、私はこの時、それとはちょっと違った眼で見ていました。
皆さんは「LIFE」というテレビ番組をご存知でしょうか。NHK総合テレビで木曜の夜にやっているコントです。
「LIFE 人生に捧げるコント」番組公式サイト
http://www.nhk.or.jp/life/index.html
その中の人気シリーズが、タレント取材のコントです。映画発表や結婚会見などのお祝い事にココリコの田中直樹が演じる「週刊ゲスニックマガジンの西条」が乱入し、強い偏見や毒気でタレントの本音やソロバン勘定を暴こうとします。余りにも失礼な質問ばかりなので追い出されるのですが、それでも最後まで粘り、「普通の芸能記者」(ドランクドラゴンの塚地武雅)がその突撃精神をしみじみと評価してオチ。最新のこのシリーズでは「彼こそが、ジャーナリズム界のリオネル・メッシなのかもしれない」でした(笑)。
他の夕刊紙同様、夕刊フジは駅の売店で中高年の男性サラリーマンにどれだけ売れるかが勝負です。最近はJリーグも観客の高年齢化が言われますが、顧客の中心は恐らくそれより上、サッカーへのなじみは薄い人達でしょう。もし残っていれば、サッカーファンの多くは「エルゴラッソ」の方が手に取りやすいでしょうし。
それでも代表戦を書かないといけない、本田と長友しか知らないようなオジサン達にも読ませないといけない。そう考えた時、一番分かりやすいたとえは、この「マジック」という言葉だったのでしょう。「三原マジック」や「仰木マジック」など、プロ野球ファンには劣勢を跳ね返す「奇跡」だとすぐ分かるワードです。
もちろん、野球とサッカーを同じベースで語るのには無理があります。
野球は一球ごとに監督が細かい作戦にまで介入でき、同時に投手をはじめとした個々の選手の力量に関わる部分が多いスポーツです。
(追記:なので、この後に続く話の情報源のお一人は、「だから野球でtotoをやるのは無理なんだよ、投手だけで試合の勝敗は左右できるんだから」と強調されてました。はい、「俺の意見を書いても良いけど、それならこれも入れてくれ」と頼まれました(笑)。)
サッカーも「個の力」の向上は長年の課題ですが、基本的には守備も攻撃も複数の選手の連携で作っていきます。もちろん、練習効率を上げるために指導者は工夫しますが(オシム監督の「7色のビブス」とか)、それでも基本的にはハリルホジッチ監督が念押ししたように「毎日の地道な積み上げ」しかないのです。
しかし、プロフェッショナルの指導者として誠実に答えたハリルホジッチに対し、何とか自分の読者に受けそうな言葉を引き出そうとした久保も、自分のスタイルを貫きました。もちろん、それはQolyの読者とは違う方向のはずですが、彼もまた、あの西条のように「プロフェッショナル」に徹している記者なのです。
そして、シンガポール戦についての夕刊フジの記事はこちらです。詳細な試合分析は、横浜Mや仙台で監督をした清水秀彦に任せていますね。
無策ハリル監督 154位相手にシュート23の0点 埼スタ大ブーイング(久保武司)
http://www.zakzak.co.jp/sports/soccer/news/20150618/soc1506180830003-n1.htm
“日本にはベタ引きが通用する” 本田、香川では無理(清水秀彦)
http://www.zakzak.co.jp/sports/soccer/news/20150618/soc1506181550001-n1.htm
監督から少し遅れて取材陣が会見場から引き上げる際、「監督とのやりとりはとても面白かったです、ネタに使わせてもらって良いですか?」と聞いた私に、久保は後ろ向きのままで「いーよー」と軽く右手を振って応えました。なので、これは誰への気兼ねもなく、書かせていただきます(笑)。