しかし、以降の親善試合では不調を極める。単にそれまでの相手が北中米のレベルだったといえばそれまでだが、欧州勢、それもワールドカップに出場できないスコットランド、オーストリア、ウクライナのような国にさえ苦しみ、一度は固まったかに思われたメンバー選考も難航。特に国際経験の浅い最終ラインは試合毎にころころ代わり、直前までレギュラーがはっきりしない状況となった。

選手のクラブでの状況も芳しくなかった。去年から今年にかけてキャプテンのデンプシー、ブラッドリーが欧州から国内へ復帰。オランダで活躍したエースのアルティドールはイングランドで今シーズン1得点に終わっていた。MLSにスター選手が続々とやってくる一方で育成としては頭打ちの時代を迎えつつあったのだ。

やはり変化の国アメリカであっても改革は難しいのか。後戻りしたほうがいいのではないか。

クリンスマンがそう考えたのかは分からないが、常に批判の矢面に立ちながらも斬新なやり方で時代を切り開いてきた彼は、最後まで自分の信念を貫く。その意志の1つの表れが代表歴代最多ゴール・アシスト記録を持つ“アメリカ歴代最高の選手”ドノヴァンを切ることだったのだ。

「(直前の)キャンプだけで判断されるなら、僕は間違いなくブラジルに行く資格があった」

落選後、ドノヴァンは悔しさを噛み締めてこう語った。その言葉通り、彼は落選からクラブに復帰するとすぐに結果を出しMLSの歴代最多ゴール記録を更新。32歳となりスピードの衰えは確かだったが、本大会に向け調子は上げており、ファンもここ一番での勝負強さに期待感を抱いていた。

しかし、小柄なスプリンターである彼が最も得意とするのはアメリカの伝統高速カウンターからのアタッキング。また、代表では絶対的な存在ながらドイツなど海外のクラブでは何度も失敗していた。ドノヴァン落選を「最も難しい決断の1つだった」とクリンスマンは吐露したが、そもそも「自分の目指す主体的なスタイルに合った選手ではない」とクリンスマンが考えていたのだとしたら、この決断にも納得がいくのではないだろうか。