フットボールが「人生」を賭けた闘いだとすれば、そこには「人生」を賭ける価値がある場所がある。イギリスの港町リバプール。音楽の街としても名高いこの都市には、2つの歴史あるクラブが存在する。片や、いくらアラブの大富豪が資金を積んだところでどうやっても手に入れられない「歴史」という栄光の積み重なった地層において「世界最高」のクラブの1つであると考えられているリバプールFC。片や、目に見える結果だけで言えばリバプールの後塵を拝しながらも、常に彼らを脅かす存在として存在する厄介な隣人エバートンFC。労働者の街としても知られるこの場所で行われる闘い、それを人々は「マージーサイドダービー」と呼んだ。
今回このコラムでは、エバートンに今季就任したスペイン人監督ロベルト・マルティネスがどのように戦力を使い、圧倒的な攻撃力で現在プレミア2位につける好調なリバプールを苦しめたのかを考察していきたい。また、この試合から解る今季のリバプールの強みについても言及したいと思う。
エバートンというチームの強み、そしてスペイン人新監督ロベルト・マルティネスの色
マンチェスター・ユナイテッドへと出世した前任者デイビッド・モイーズの時代からエバートンの核となるのは、攻撃面ではイギリス最高の左サイドバックとまで称されるレイトン・ベインズと、そのテクニックを生かした柔らかいプレーによってベインズのパートナーとして左サイドを活性化させるスティーブン・ピーナールによって形作られる「プレミア最高峰の左サイド」にある。その2人を高い位置において、そこで起点を作るシステムによって攻撃を組み立てていくのが彼らの心臓部だ。ギターを趣味とするレイトン・ベインズがリズムを刻み、その音楽に乗って攻撃を仕掛けていくエバートンは、さながら音楽の街リバプールが生んだ世界最高のバンドのようにファンを酔わせる。更に、前任者デイビッド・モイーズが得意としていたのはロングボールを厭わない力強いイングリッシュ・フットボールの伝統に倣ったカウンターアタックだった。そこにウィガン・アスレティック時代に「3バックでの組み立てから、ウイングバックとウイングの連動を軸としながら行っていくポゼッションフットボール」を得意としていたスペイン人指揮官ロベルト・マルティネスが一体どんな調味料を加えるのか。エバートンが大きな注目を浴びていたのは、その部分だったはずだ。
アーセナルとの共通点が見られる基本形
フットボールの試合を一日に数本は観るという研究家気質のスペイン人監督らしく、エバートンの攻撃には多くの戦術的な要素が詰め込まれていた。まずは、攻撃の起点を作るために度々行っていた縦の入れ替わりである。これはアーセン・ヴェンゲルが率いるアーセナルにおいて、フランス人FWオリビエ・ジルーが頻繁に見せるプレーと酷似している。縦のポジションチェンジでバークリーがCBを牽制しながらルカクが下がることで、ルーカスのところに「高さのミスマッチ」を作り出す。ロングボールでもグラウンダーでも、CBを背負うよりも体格的にやりやすい相手とのマッチアップを選択し、そこに起点を作るというものである。しかし、このプレーに対応してみせた辺りが流石リバプールと言っていいかもしれない。上手く状況を見ながらシュクルテルがDFラインから離れて競り合うことで、何度かルカクはボールを失う場面が見られた。実際ルカクの周りを使っていくテクニック自体はそこまでではない(※前回コラム「ベルギー目線で見る日本対ベルギー」参照)というのもあって、まだまだこの形は改善していく余地が見られた。
“ドリブルは1人でやるものではない”
さて、ここで題名に選んだ“ドリブルは1人でやるものではない”という言葉の解説に入っていきたいと思う。一見、この言葉は良くわからないかもしれない。実際「ドリブル」と言われた際に多くの方がイメージするのは、メッシやクリスティアーノ・ロナウドのように華麗な足技とスピードによって独力で敵陣に切り込み、数人の相手を強引にねじ伏せてしまうようなプレーだろう。しかし、「ドリブル」を連動しながら行うことによって相手を切り開く術をロベルト・マルティネスは示して見せたのだ。両サイドで見られた形で、いくつかのパターンがあったが、ここは一番シンプルな右サイドの形を例として説明していこう。まずはミララスがボールを持つと、ボランチの位置に入っていたマッカーシーが一気にオーバーラップ。サイドバックとボランチの間のスペースに走り込む。
そのスペースに走り込んだ際、本来はミララスが中に切り込んでくるスペースを潰すはずだったアレンがマッカーシーの動きに釣られ、更にフラナガンも間に入ってくる相手に一瞬注意が向いてしまう。そうなってしまえば、その瞬間を狙って切り込めばいい。ミララスが最も得意な、カットインのコースがマッカーシーの動きによって現れるのだから。
左サイドではバークリーがフリーランによって、ピーナールとベインズというコンビネーションにアクセントを加えることで、似た形の仕掛けが見られた。こういった仕掛けは、それ自体だけに意味があるのではなく、「見せておく」事によって相手に迷いを生むことも出来る。空いたスペースに行くと見せかけて縦に抜いてもいいし、実際にフリーランした相手にパスを出してもいい。相手にとっては、対処しなければならないパターンが一気に数倍に増えたようなものなのだから。以前ロベルト・マルティネスは「ユベントスとバイエルンが現代サッカーの頂点だ」と語ったことがあるが、もしかしたらこの飛び出しはマルキージオやビダルがFWに引き付けられて生まれたスペースを狙って、弾丸のように前線に飛び出していくユベントスのプレーからヒントを得たものなのかもしれない。
リバプールが見せた「強み」とは
このように多彩な攻撃を仕掛けられても、リバプールには全く「迷い」が生まれなかった。お互いに3点を奪ったとはいえ、流れの中からのゴールが見られなかったということからは、お互いの守備が90分間を通して非常に緊張感を保っていたことが解るはずだ。逆に流れの中での集中が高すぎたが故に、お互いに一瞬間が出来てしまう「セットプレー」という場面で緊張の糸を保っておくことが出来なかった印象を受けるほどだった。このマージ―サイドダービーという最高に盛り上がる舞台において、相手に様々な仕掛けを見せられても崩れなかった今年のリバプールの強みは「継続」にある。チームの大黒柱であるスティーブン・ジェラードが「ブレンダン・ロジャース監督はプランBではなく、完璧なプランAだけを追い求める」と語ったように、彼らはそのプランが実行されている状況において迷いを見せない。「プレッシングを回避しながら上手く勢いをいなし、チャンスがあれば前線にボールを供給すれば必ず点を奪ってくれるアタッカー陣がいる」ということをチーム全体が信じきっているからこそ出来るフットボールだ。特にDFラインでルカクを封殺したシュクルテル、中盤で全ての敵に対処し続けたルーカスの働きは特筆に値するだろう。この2チームが見せたフットボールは非常にレベルが高く、今後も期待出来るものだと言っていいだろう。「手数」のエバートンと、「一撃必殺」のリバプール。マージ―サイドのフットボールは、今年もプレミアリーグを熱くしてくれそうである。
筆者名:結城 康平
プロフィール:「フットボールの試合を色んな角度から切り取って、様々な形にして組み合わせながら1つの作品にしていくことを目指す。形にこだわらず、わかりやすく、最後まで読んでもらえるような、見てない試合を是非再放送で見たいって思っていただけるような文章が書けるように日々研鑽中」
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