CL決勝の「90分間」を最大限に活用した男。ユップ・ハインケスの描いた絵。

ボルシア・ドルトムント。あまりにドラマチックなストーリーを描きながら、決勝にまで上り詰めた若き指揮官率いるクラブは、ドイツだけではなく恐らく欧州の中小クラブファンの夢を背負っていたのではないだろうか。指揮官であるユルゲン・クロップは試合前にイギリス紙に対して「特別な物語を描くならばドルトムントでなければならない」と言い切った。彼らが揺り動かし、そして背負ったのはきっと低迷する数多あるチーム達の中に長いあいだ眠っていた「優勝への渇望の一部」であったのだ。

一方、対峙したバイエルン・ミュンヘンが背負っていたのは王者としての誇りである。3年のうちに2度も苦渋を舐めた彼らにとって、「勝負弱い」というレッテルを貼られ続けることに勝る屈辱は無かったはずだ。その赤く染まった「軍隊」にとって、ここで反乱を許してしまうことは許されなかった。百戦錬磨の名将ユップ・ハインケスをして「人生最高に勝ちへの渇望に溢れたチーム」というだけの仕上がりを持って、バイエルン・ミュンヘンはタイトルという味に飢えていた。オランダ代表アリエン・ロッベンや、ドイツ代表バスティアン・シュバインシュタイガーのように、国際舞台においても「勝負弱い」というレッテルを貼られ続けた選手たちが目の前にまで迫ったタイトルに燃え上っていたことは想像に難くない。

チャンピオンズリーグには大きな特徴がある。それは、決勝だけが90分+勝負がつかない場合は延長戦30分というシステムになっていることだ。ホーム&アウェイで90分間ずつを闘い、アウェイゴールが大きな価値を持つシステムであった決勝トーナメントとは大きくシステム上の異なりが見られるのである。90分間であるということは今までも様々なドラマを生み出した。例えば2009年の決勝で、ジョゼップ・グアルディオラが0トップの導入によって相手のリズムを崩して一気に試合の主導権を奪い取ったことは記憶に新しいのではないだろうか。今回は、そのパターンとは違って「お互いに手の内を知り尽くした相手」だからこそ、90分間を通してゲームプランを立てたユップ・ハインケスの巧みな駆け引きが見られた。

序盤のペースを握ったのはドルトムント。相手を勢いによって飲み込んでしまう強烈なハイプレスと、アリーゴ・サッキを思い起こさせるような2センターの巧みなポジショニングとプレッシングによって相手の縦パスをしっかりと封じることによって一挙にショートカウンターに移っていく。「白い巨人」レアル・マドリードですらアウェイでは主導権を奪い去られたスタイルによって、一気果敢に相手を飲み込んでいくかに思えた。しかし、ドルトムントの強さや特徴を知っているバイエルンは慌てない。組み立ての起点であるフィリップ・ラームをしっかりとプレッシングで潰され、逆サイドのダヴィド・アラバや両センターバックといった組み立てが上手くない選手にボールを持たせることによってミスを誘って一気にショートカウンターで沈める。そういった手を使われることは恐らくバイエルンにとって予想外のものではなかったはずだ。確かに何度かピンチを作られたものの、彼らはドルトムントの狙いを回避することに全力を注いでいた。サイドバックを高い位置に上げてカウンターを受けてしまうパターンは避けるように、両サイドバックのオーバーラップはほとんど見られなかったし、空いた中盤を荒らされてしまうことを避けるように中盤のハビ・マルティネスとバスティアン・シュバインシュタイガーもあまり高い位置に出ていくような動きは見せなかった。攻撃でも無理をしないロングボールによって相手のショートカウンターを発動させない。

そして後半、ユップ・ハインケスのプラン通りにバイエルンが動く。一気にハイペースなゲームに持ち込みながら、彼らが狙ったのは1点、「ハイプレスにおいて高くせざるを得ない高いDFラインの対応における癖」であった。ドルトムントは対人の強いCB2枚、マッツ・フンメルスとネヴェン・スボティッチによって広い範囲をカバーさせるような守備を好んでいる。サイドバックやボランチが出ていくスペースであっても、センターバックを出しながら食い止めていくのだ。そして、その空いてしまったスペースをサイドバックによってカバーしていくような守備スタイルがドルトムントのシステムの特徴となっている。

ここで、バイエルンが狙ったのが対人守備に劣るサイドバックであった。ハビ・マルティネスとトーマス・ミュラーに加えてフランク・リベリーを中央でプレーさせることによってボランチ2枚のプレッシングにカバーしきれないスペースを増やして、生まれた穴を突きながらセンターバックをおびき寄せると、ロッベンを斜めに走らせることによって何度もチャンスを作り出していった。中央で数的有利を無理やりに作り出すことでセンターバックを引っ張り出し、そこで出来た穴を容赦なくついていったのだ。

UEFA CL Final

UEFA CL Final

UEFA CL Final

こうなるとドルトムントのサイドバックの仕事は一気に増した。ただでさえ前半はハイプレスに加えて、バイエルンのロングボールによって走り回った彼らは、後半になってロッベンとリベリーという世界屈指のワイドに対する守備に加えてセンターバックのカバーリングもこなさなくてはならなくなってしまった。体力的な疲労は身体能力の低下だけでなく、判断力をも容赦なく奪い去っていく。更にバイエルンは、押し込んだドルトムントに対して温存していた両サイドバックのオーバーラップを絡めたサイド攻撃に加えて、相手のお株を奪っていくようなハイプレスによってドルトムントを混乱の真っただ中に突き落としてしまった。

1失点目はリベリーのカットインにセンターバックとサイドバックが同時に引き出されてしまったことで、フリーになってしまったロッベンを使われるという、まさにシステムの特性と判断ミスを突かれた失点であった。本来のドルトムントであればセンターバックに対応させつつサイドバックがカバーに入るか、逆であったはずだが、判断ミスによってぽっかりと広大なスペースを空けてしまった。更に言ってしまえば、最終的にゴールを決めたマンジュキッチについていたのはサイドバックのシュメルツァーであったことも失点の原因になった。

緻密な動きをフルタイムこなさなければならないドルトムントのDFラインは何度となくこの後崩壊してしまう。2失点目はシンプルなロングボールのこぼれ球をロッベンに持っていかれた形であったが、結局そこでリベリーに簡単にボールを収めさせてしまった原因は、サイドバックがリベリーに対応することになったからだ。対人は強いがそこまでスピードに優れていないセンターバックの裏に起点を作ることで、後ろから他の選手が飛び込んでくるような二次攻撃でもバイエルンは多くのチャンスを作り出した。ドルトムントのDFラインが悪いというよりも、様々な攻撃パターンで後半になって次々に攻撃を仕掛け、混乱と崩壊を生み出してしまったバイエルンの手札が多すぎると言うべきだろう。

実際、バスティアン・シュバインシュタイガーは試合前に次のように語っている。

「90分を超えても集中し続ける自信はあるし、僕は監督が構築したプランに大きな自信を持っている。楽観的に決勝戦を見ているよ」

つまり、この発言から推測する限りユップ・ハインケスは90分以上を闘いながらの長期戦に持ち込んでいく案も持っていたはずだ。恐らく、それが序盤で決めることのみに集中していたドルトムントとの大きな差になったのではないだろうか。バイエルンは、ドルトムントの猛烈な勢いをいなしながら落ち着いて試合を進め、一気に後半にゲームを転がしていったのである。2チームの選手たちの入場前の表情も非常に印象的だ。バイエルンのメンバーが談笑しながら笑顔を見せる一方、ドルトムントの選手たちは緊張した面持ちで試合に向かっている。ゲームプランに絶対の自信を持ったことが、バイエルン・ミュンヘンにいつも通りのプレーを保障してくれたかもしれない。

しかし、ドルトムントも決して全てを失った訳ではない。昨年、バイエルンとチェルシーが闘ったCL決勝を観戦したイタリア最高のゴールキーパー、ジャンルイジ・ブッフォンは次のように語った。

「フットボールは最終的にはフェアなスポーツだ。バイエルンは決勝で敗れたが、素晴らしいフットボールをした。近いうちにタイトルを獲得するだろう」

もしフットボールが彼の言うように本当にフェアなものであれば、再びクロップが率いるドルトムントは世界の頂点にチャレンジすることになるだろう。決勝進出が偶然ではないことを証明出来るだけのフットボールを持って、きっと彼は来季も世界最高の舞台にも帰ってくる。もしかしたらその時に「ハッピーエンド」を迎える物語が既にクロップの脳内には描かれているのかもしれない。


筆者名:結城 康平

プロフィール:「フットボールの試合を色んな角度から切り取って、様々な形にして組み合わせながら1つの作品にしていくことを目指す。形にこだわらず、わかりやすく、最後まで読んでもらえるような、見 てない試合を是非再放送で見たいって思っていただけるような文章が書けるように日々研鑽中」
ツイッター: @yuukikouhei

最後まで読んでいただきありがとうございます。感想などはこちらまで(@yuukikouhei)お寄せください。

【厳選Qoly】日本代表の2024年が終了…複数回招集されながら「出場ゼロ」だった5名

大谷翔平より稼ぐ5人のサッカー選手