最初に、この原稿は今年の3月に書いて眠らせてあったものであることを理解した上でお読みいただけると嬉しいです。
海外フットボールファンの間で、3バックの復権が話題になり始めたのはいつ頃だろう。近年イタリア国内だけに留まらないナポリの躍進を支えている名将ワルテル・マッツァーリ、多くの若い才能を抱えながらウディネーゼを率い、そのエネルギッシュなサッカーでチームを躍進させる経験豊富な知将フランチェスコ・グイドリンの師弟は元々3バックに強い拘りを持っていたし、セリエに台頭し始めた新世代である3‐4‐3の使い手「ガレオーネの意志を継ぐ者」の一人であるジャンピエロ・ガスペリーニ、カターニャとフィオレンティーナでその手腕を証明しつつある元ローマのストライカー、ヴィンチェンツォ・モンテッラも3バックを好む。
しかし、「3バック復権」を最も強く印象づけたのはイタリアサッカーに舞い戻った「イタリアの老貴婦人」ユヴェントスだろう。セリエA復帰後に苦しんでいた彼らを率いる事になった闘将アントニオ・コンテは、ASシエナ指揮時に得意としていた4‐2‐4と呼ばれた攻撃的サッカーが上手くいかないと見るとすぐさま舵を切った。「4‐3‐3」と「3‐5‐2」を柔軟に使い分けた事によって彼らがセリエAを席巻し、無敗優勝を成し遂げた事で「3バック復権」は「ブーム」ではなく「主流」にまで上り詰めたことは改めて言うまでもない。
一度「時代遅れ」と揶揄された3バックがイタリアで息を吹き返すと、2012年に行われたユーロでもチェーザレ・プランデッリが3バックを採用。ローマの心臓、本職はボランチのダニエレ・デ・ロッシをCBに抜擢するとソリッドな守備で優勝候補スペイン相手に好ゲームを演じ「アズーリ復権」と共に決して3バックが「過去の遺物」ではないことを証明した。スペインではグアルディオラが指揮したバルセロナが3‐4‐3を採用した事も記憶に新しい。ポゼッションをする上で「3バック」というものが一つの選択肢となりつつあったのは周知の事実だろう。さて、少し長くなったが前置きはこのくらいにして本題に入っていく事にしたい。
3バックには、ボールを持つ面で大きなメリットがある。それは、組み立てにおいて最も重要となるコンパクトネスを保ちやすい事にある。CBが中盤に出て行って、DMFをサポートすることが容易であり高い位置で組み立てを狙っていくことが出来るのだ。
また、守備面においても大きなメリットがある。それは、CBが三枚いるため比較的自由にアタックに行ける事である。
近年サッカーにおいて最も危険かつ重要とされているDFラインと中盤の間にあるスペース、日本語では「バイタルエリア」として親しまれているスペースに入ってくるアタッカーへの対処が比較的難しくない事にもある。中央に枚数がいる故に、数的有利を保ちながらCBが積極的に中盤に出てアタックをかけることが可能なのだ。
マンチェスター・シティを牽引するイタリア人指揮官、ロベルト・マンチーニはイングランドの地で3バックの構築に取り組んでいる指揮官だ。昨季オーソドックスに近い4バックでプレミアを制しながらも、彼は現状のままではプレミアリーグ、更にはヨーロッパ屈指の実力者が集うCLで勝ち続けることが不可能である事を良く理解していた。だからこそ、マンチーニはチームの新しいオプションとして3バックを今季何度となく試している。仮定にはなるが、イタリアのフィオレンティーナから若き東欧のCBナスタシッチを獲得した理由の一つにはイタリアで3バックを経験している事もあったのではないか。
しかし、3バックは何故か結果に結びつかない。DFラインでしっかりとボールを回しながら、チームを引っ張るスペイン人MFダビド・シルバをより組み立てに関わらせることによって攻撃パターンは明らかに増加した。しかし、問題は守備面である。失点はプレミアでも最少を保ち続けているものの、3バックは機能せずに批判を浴びることが多い。わかりやすいのが、先日のエヴァートン戦だ。サバレタ、ナスタシッチ、コロ・トゥーレの3バックで挑むものの2失点。
では、ここでタイトルにある問いを考察していこう。「何故3バックはプレミアリーグにおいて流行らないのか」。
肉弾戦の多いプレミアリーグにおいて、長身FWは大体のチームにとってチームの柱となる。エヴァートンには今季覚醒中のアフリカ系ストライカーであるアニチェビ、そしてベルギー代表としても活躍する、同クラブ最高のタレントであるフェライニが所属している。
しかし、「空中戦が多くなること」と「3バックが流行らないこと」には一見相関性が無いように思える。普通に考えたら、中央の枚数が一人多い3バックの方が、放り込みに対して強みがあるように見えることだろう。しかし、ここで大きな問題となるのは3バックの守り方と4バックの守り方における差である。4バックであれば、CBは2人。放り込みに対してはある程度役割分担が成されていることが多い。空中戦に強いストッパータイプが、出来るだけ放り込みには競りに向かい、こぼれ球をもう一人がカバーする形である。
例えば、マンチェスター・ユナイテッドのエヴァンズorヴィディッチとファーディナンドのコンビや、エヴァートンのシルヴァン・ディスタンとフィル・ジャギエルカのコンビなどがイメージしやすいのではないだろうか。実際データを見てもマンチェスター・ユナイテッドであれば一試合の平均空中戦勝数においてヴィディッチが3.5回、エヴァンスが2.5回である一方、ファーディナンドは1.9回となっている。また、エヴァートンにおいてはより顕著で、ディスタンは4.2回と2.5回のジャギエルカに大きく差をつける結果となっている。このように4バックであれば空中戦は、多少は上手く分業することが出来るというメリットがあるのだ。それだけでなく、プレミアの舞台でチームのレギュラーとなるようなCBはもちろん空中戦に強みがある選手が2人くらいは揃っているというのもあるだろう。
しかし3バックでは、なかなかそうはいかない。縦関係というよりも横の関係で守るように設計された3バックでは基本的に横に割られたゾーンを守るという側面が強い。図のように相手が2トップであれば、1人がカバー役として余りながらゾーンに入ってきたFWに基本的に対応していくことになるのである。
このようになれば、空中戦が弱いCBに競らせるようにボールを蹴りこむ事は簡単になってしまう。マンチェスター・シティが起用したサバレタは本来SBであり、ナスタシッチは線が細くそこまで長いボールに競り勝てない。エヴァートンはそこを狙って、空中戦が強いコロ・トゥーレをアニチェベで引き付けつつ何度となく空中戦でのミスマッチが出来たフェライニにボールを放り込んだ。こうなってしまうと、中盤やウィングバックが競り負けたセカンドボールを拾うためにバックラインへと吸収され、結果的に中盤が空いてしまう。結果的に中盤を制圧されたマンチェスター・シティはミドルシュートを叩き込まれ、力押しで押し切られて試合を落としてしまった。
実際最も3バックで難しいのが、それぞれに「強烈な対人能力」と「戦術的判断能力」が必要になることである。更に言えばマンチェスター・シティのような強豪ではDFラインがボールに触ることも増えるため、組み立てに関わっていく足元の上手さも必須条件である。プレミアの強豪であっても、そういった条件を全て兼ね備えたCBを3人揃えることは簡単ではないのだ。今回コラムで述べたようにプレミアでは、類いまれな空中戦能力も求められるのだから。
こういった理由から、「プレミアリーグで3バックは流行らない」という事が言えるだろう。3バックで有名なウィガン・アスレティックですらCBの離脱に応じてここ数試合は4バックにシフトしている。それだけでなく、快速サイドアタッカーが揃うプレミアリーグではウィングバックにかかる負担も大きくなってしまう。一つの解決策としては4バックと3バックを試合の中で使い分けていく事になるのだろうが、それも一朝一夕に出来上がるものではない。それでも、恐らくマンチーニは「ヨーロッパ」で闘うカードとして「3バック」を諦めることはないだろう。プレイヤーとしての派手なイメージとは異なり、監督としてのマンチーニは決して天才的な閃きで状況を打開する「ファンタジスタ」ではない。策を弄して相手の意表を突くような戦術は持っていない一方、地味で堅実にチームを構築していくイタリア人らしい指揮官である。だからこそ、彼はひたすらチーム構築を繰り返すことによって定着させるという「凡人」だからこその強さを持っているのだ。「異端」であることはサッカー界では「成功」に転じる可能性を常に秘めていることだからこそ、粘り強くプレミアで3バックを取り組む「凡人」マンチーニに期待したい。
“Courage is going from failure to failure without losing enthusiasm.”
―勇気とは失敗を重ねても情熱を失わず進み続けることだ。By ウィンストン・チャーチル
筆者名:結城 康平
プロフィール:「フットボールの試合を色んな角度から切り取って、様々な形にして組み合わせながら1つの作品にしていくことを目指す。形にこだわらず、わかりやすく、最後まで読んでもらえるような、見てない試合を是非再放送で見たいって思っていただけるような文章が書けるように日々研鑽中」
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