苦しんだ大宮時代
――大宮はJ2に降格してしまいましたが、翌シーズンはJ1参入プレーオフで敗退。苦しい時期が続きました…。
まずJ2で戦うことが初めてでした。J2にどんなクラブがあるのかもまったく分からなかった。そこで最初につまずいたんですね…。だからそこが後々まで響いてしまった。それは経験のなさがあったと思いますね。1年でJ1に復帰するという想いでやったんですけど、そこが達成できなくて本当に悔しくて…。1年で復帰できなかったので、自分から「辞めます」とクラブに話しました。
――苦しい時期を過ごされた中、大宮で得た経験や知見はありましたか。
それは先ほど言った「J2での戦い方」がJ1とは違うと強く思いました。それは何かというと、J2は自分たちの良さを出して戦うというより、相手のストロングを消して戦うチームが多かった。そこはかなり戸惑った部分でした。そこをもうちょっと分かっていれば、違う戦い方ができたんじゃないかとすごく反省していますね。
――リーグが変わることによって当然状況は変わります。タイではつまずくことなく成功され続けています。環境の適用力や、選手やチームの特性・特徴を見抜く部分は大宮で培われたのでしょうか。
それもあります。最初はサムットプラーカーン・シティというタイ1部リーグでも中位にいたチームにいました。そこでも難しさは感じました。でも適応することは大宮時代に、しっかりリーグを見て、分析して戦わないといけないと学びましたよね。