アドリアン・ムトゥ
中田英寿、アドリアーノとともにパルマで「トリデンテ(三叉の鉾)」と呼ばれる伝説的な3トップを組んだルーマニアの怪童アドリアン・ムトゥ。巧みなドリブルと圧倒的な得点力、そしてふてぶてしいプレーぶりが魅力であった。
そして2003年夏にはロマン・アブラモヴィッチ氏がオーナーとなったチェルシーへと引き抜かれた。プレミアリーグでの1年目には有望なシーズンを過ごしたものの、その後ジョゼ・モウリーニョ監督の下でキャリアを狂わせてしまった。
2004年に彼はコカインの摂取が明らかになり、7ヶ月の出場停止処分を受けることに。それが明けたあとにはフィオレンティーナで活躍するも、2010年には再びドーピング検査で陽性反応を示してしまった。
とてつもない才能を持っていたものの、残念ながら気難しい性格と一貫性のなさ、そしてこの2回のドーピングによってポテンシャルを発揮しきれなかった選手であった。