アトレティコ・マドリーで389試合に出場したウルグアイ代表DFディエゴ・ゴディン。

最終ラインの要として堅守アトレティコを支えた彼が『AS』のインタビューに答えた。

実は2015年にマンチェスター・シティが獲得寸前に迫っていたという。シティはリリース条項以上の金額を支払うと約束していたそう。

ディエゴ・ゴディン

「あれは2015年の夏だった。マンチェスター・シティが条項以上を支払った、自分はいい条件でやりたかったからね。

自分はアトレティコと交渉していたが、シティが迫ってきた。

チョロ(ディエゴ・シメオネ監督)は日本でそれを知った、チームはアジアツアーに出ていたからね。

でも、コパ・アメリカで戻るのが遅れた自分はマドリッドにいた。

ガビ、ラウール・ガルシア、ティアゴ・メンデス、全てのチームメイト、そして、チョロもこう言ってくれたのを覚えている。『もしゴディンが去るなら、俺も退団する』と。

その翌日に契約を更新した。彼らのジェスチャーには感謝しなければいけない。

実際、それは(当時のアトレティコが)どんなグループだったのかを示しているよ」

チームがアジアでのプレシーズンツアーに出ていた2015年夏にシティ移籍が目前に迫っていたというゴディン(コパ・アメリカがあったゴディンは来日せず)。

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だが、チームメイトや監督が「彼が去るなら自分たちも退団する」とクラブに告げたことで、アトレティコはゴディンに好条件を提示し、翌日には契約延長が結ばれたそう。

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