かつて日本代表として活躍し、セリエAではスクデットを獲得するなど成功を収めた中田英寿さん。
1998年夏にペルージャへ、2000年1月には“王子”フランチェスコ・トッティが君臨するASローマへ移籍した。
年齢もポジションも被っていた2人の関係性はどうだったのか。ヒデ本人が明かしている。
旧知の間柄である金子達仁さんから「トッティとの関係は難しくなかった?」と聞かれると、笑いも交えながら率直に当時を振り返った。
年齢も若く「どうしてもエゴは強い」、「ある種の緊張感があった」そうで、当初は親トッティ派の選手たちと距離があったという。そこでも日本人に優しかった選手たちとは…(以下動画5分43秒~)。
トッティネタで笑いをとるとは…(笑)。
当時のローマには元Jリーガーのザーゴのほか、カフー、アウダイール、マルコス・アスンソンらブラジル人がいた。
ヒデは当時のファビオ・カペッロ監督がトッティとの共存をどのように説明してくれたのかも明かしている(4分44秒~)。
ローマには「ほぼ自分より巧い選手しかいなかった」ものの、“逆の意味”で選手たちは最初からボールを回してくれたそう。それは嬉しい誤算だったものの、逆効果だったとか(以下動画3分20秒~)。
また、ローマがスクデットを獲得した試合直後の仰天エピソードもおもしろいぞ(7分42秒~)。