マンチェスター・シティとリバプール、プレミアの首位を激しく奪い合っている2チームの試合は、終盤戦の天王山として予測されていた。筆者はグラスゴー市内の小さなバーで、昼食を楽しみながら試合の前半を見ていたのだが、スコットランドにもリバプールのサポーターは多くいたようで、立ち見が多く出るほどの盛り上がりとなっていた。ヒルズボロの悲劇での被害者に対しての黙祷では、勿論全員が目を閉じて祈りを捧げていたし、スアレスがボールを持つと一際大きな歓声が上がっていたことも追記しておく価値はあるだろう。

結果としては2点を先制したリバプールを、後半シティが追いかけて同点にまで戻しながら、ミスからの失点で幕切れという形になった。本コラムでは、リバプールがマンチェスター・シティを圧倒した前半のパフォーマンスを筆者の視点から紐解いていこうかと思う。また、そこからマンチェスター・シティと指揮官ペジェグリーニの失敗についても考えていきたい。

「むすんでひらいて」

「むすんでひらいて」という童謡の作曲者は、著名なフランスの哲学者ジャン=ジャック・ルソーということは意外に知られていない雑学である。閑話休題。ポゼッションの基本となるのはサイドである、というのは現代サッカーでは割と良く知られた言説の1つだ。例えばバルセロナではダニエル・アウベスが外に張り出してプレーすることで幅を作り、スウォンジーではアンヘル・ランヘルが、エバートンではレイトン・ベインズがサイドバックの位置から試合を組み立てる。ボールを持って組み立てていく上で、広い距離感を保っていくことは相手の狙いを外すことに繋がり、奪われるリスクを減らす上で有効な手だ。

リバプールは、特にその部分において多彩なパターンを持つ。イングランド代表でも活躍するグレン・ジョンソンが右サイドで重要な役割を果たしているのだが、そこで面白いのは「グレン・ジョンソンで右サイドを広げるためのパターンがいくつか存在している」ということであり、「グレン・ジョンソンをより孤立させる工夫が成されている」ということだ。そこが相手の守備を「むすんでひらいて」と筆者が表現した理由でもある。

ではまず、「相手をむすぶ」工夫について話していこう。むすぶ、というのは中央に守備を絞らせることを本コラムでは表していこうと思う。まず1つは、3トップを採用するリバプールの両ウイングが積極的に内側に入ってくることだ。スターリングとスアレスの両ウイングは中に積極的に走り込むプレーを得意とすることから、どうしてもサイドバックは中まで追いかけていかざるを得ない。また、コウチーニョとヘンダーソンという攻撃的なセンターハーフ陣も大きな意味を持っている。積極的に中央を駆け上がる2人の存在は、否応なしに中央を意識させ、空中戦に強い選手が少ないことも「サイドより中央を封鎖したい」という相手の意識を強める。それによって中に「むすんだ」守備を、どうやって「ひらいて」いくのか。ここが面白かった部分として挙げられるだろう。

まずは、外への展開の前段階でのパターンだ。ここが非常に多彩で、大抵のチームは1つ、あっても2つといったところなのだが(筆者の確認する限り日本代表では多く見積もって2つ)、リバプールは3から4のパターンを確認することが出来た。図において、前線は流動的に動いていたことから場合によって入れ替わっていたものとお考えいただきたい。

パターン① DFラインずらし

liverpool-vs-manchester-city

基本的なパターンとして知られるもので、シュクルテルが右センターバックの位置に流れながらプレーをする。大抵はこの後、リスクの少ないジョンソンへのパスとなっていた。

パターン② コウチーニョが下りてくるパターン

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リバプールが誇るクリエイティブなブラジル人アタッカー、コウチーニョを使ったパターンは恐らく最も効果的なものとなった。センターで起用された彼は、サイドバックの位置でボールを受けるとテクニックを生かした運びで何度となく「組み立ての時点」で違いを作り出した。彼独自のリズムで、読みを外すように攻撃を「ひらいて」見せた。

パターン③ ジェラードでの逆展開

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このパターンは、右が「ひらけなかった」場合のために用意されていた逃げと展開のパターンであり、ジェラードという選手の特徴を生かしたものでもある。右が上手くいかなかった場合、ジェラードが右に入ると逆サイドへのサイドチェンジを敢行。キック力と正確な鋭いロングパスを得意とするジェラードだからこそ出来るパターンであり、ブレンダン・ロジャースの彼への信頼も伺える。

パターン④ スターリングが下りてくるパターン

このパターン自体は1、2回ほどしか見ることが出来なかったので、チームとして狙っていたというよりは個人的な判断で行われたものだったのだろうと類推できる。しかし、前線の1人である彼がサイドバックの位置まで下りてくるというのは驚きで、相手にとっては予想しづらいパターンであると言えるだろう。その場合は、コウチーニョが高い位置を取っていたことも触れておきたい。また、図においては右サイドに流れている選手が便宜上スターリッジになっているが、特に前線は小気味よくポジションが入れ替わっていたことにも触れておく必要がある。

このように組み立ての段階でジョンソンの後ろに置く選手を代えていくことによって、リバプールは非常に効果的に多彩な攻撃を仕掛けていった。実際ジョンソンのボールタッチ数は79。逆サイドのフラナガン(63)よりも、16回も多い。(Whoscored参照)

また、この展開の優れていたところはシティの左サイドを担当したサミル・ナスリを誘い出すことに成功したところだ。本来サイドバックを見る彼だが、ゾーンを重視すればジョンソンの後ろに位置する選手にプレッシャーをかけたくなるのは当然のことで、ナスリをそこに誘い出しながらサイドバックにはウイングが蓋をすることで結果的にジョンソンへのプレッシャーを減らしてしまった。

「バイタル脇」の攻略

さて、「むすんでひらいて」をされてしまったシティの守備陣。リバプールは「ひらいた」守備陣を崩してゴールに繋げる必要がある。そこで彼らが活用したのは、バイタルエリアというよりもその脇となるスペースだった。便宜的にここを「バイタル脇」と呼ぶことにしよう。リバプールはジョンソンやウイングで守備を広げ、サイドバックの位置にまで進出させることで、クリシーを外に引き出した。そして、そこでバイタルの脇に生まれたスペースでアタッカーにボールを持たせたのである。

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このスペースを狙うメリットは2つ。まず、所謂「ニアゾーン」よりも受けた選手の選択肢が多いことで相手の意識を引き付けること。そして、中央で手一杯な2ボランチではなかなかカバー出来ないスペースを突いていくことである。また、上手くいけばCBをそのスペースに引きずり出していくことも出来る。

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先制シーンなどは典型的なその形といっていい。そのゾーンに入り込むスアレスにCBが気を取られ、裏への処理を怠ってしまっている。ハイライト動画では先制シーンだけだが、実際はスアレスやコウチーニョがこのポジションに入り込む場面は散見され、フェルナンジーニョもなかなか出ていけずにDFラインと共に足を止めてしまう場面が目立った。

Squawkaの分析でも、右サイドのバイタル脇に当たるであろうゾーンでのアクションは、全体の8・6%と比較的高い。また、もともとこういったプレーはルイス・スアレスという選手の十八番だ。そういった意味でも、ブレンダン・ロジャースは選手の個性を生かしながら戦術を組み上げていると言っていいだろう。

ペジェグリーニの失敗、と本来取るべきだった手段とは

バイエルン・ミュンヘンのアリエン・ロッベンやフランク・リベリーも、この「バイタル脇」を得意とする選手だ。そのバイエルンを止めるために、デイビッド・モイーズが採用したのは3センターだった。内側に切れ込もうとしても、何度となくギグスに阻まれてしまった試合は記憶に新しいだろう。1stレグでペップ率いるバイエルンの攻撃を苦しめた彼らのように、本来は3センターにするのが最も良い手だったのではないか。特に攻撃的なプレーを好むヤヤ・トゥーレを使うのであれば、ハビ・ガルシアとフェルナンジーニョでのバックアップは求められたはずだ。もしくは、サイドに守備をこなせるミルナーを使っていくという手もあったはずだ。

本拠地アンフィールドで、更に流れに乗っている相手に正面から挑もうというのは蛮勇ではない。無謀だ。ペジェグリーニが自分の作り上げた攻撃ユニットに自信を持っているのは解るが、それでも本気でタイトルを望むのであれば現実的な判断が求められたことは明白であり、CLのバルセロナ戦でも全く同じパターンで敗れている(コラム参照)。リバプールが高いモチベーションで、前半オーバーペース気味で来るのは予想出来たことであったからこそ、前半は抑え気味で入って相手を疲弊させてから勝負に出るという「一歩引く」勇気が必要だったのではないか。

アンフィールドは燃えているか

リバプールに話を移せば、選手個々と戦術を上手く噛み合わせているブレンダン・ロジャースは称賛に値するだろう。選手たちが歴然とした成長を見せているのも、指揮官が上手く彼らの力を出し切れるような戦術を組んでいることと無関係ではない。特にインテルでは力を出し切れなかったフィリペ・コウチーニョや、ポテンシャルをプレーへと還元できずに苦しんでいたラヒーム・スターリングの成長は凄まじいものがある。今季のタイトル候補というだけではなく、ドルトムント、アトレティコと続いた来季のCLにおけるダークホース枠に推す声が多いのも頷けるところだ。

プレミアリーグのタイトルに立ちはだかるのはジョゼ・モウリーニョ率いるチェルシー。情も無く、容赦なく古豪を切って捨てるポジションが似合いそうなスペシャル・ワンと、ここ数年でトップフォームを保つ破壊力のリバプールを率いるモウリーニョの元弟子ブレンダン・ロジャース。その闘いから目が離せない。


筆者名:結城 康平

プロフィール:「フットボールの試合を色んな角度から切り取って、様々な形にして組み合わせながら1つの作品にしていくことを目指す。形にこだわらず、わかりやすく、最後まで読んでもらえるような、見てない試合を是非再放送で見たいって思っていただけるような文章が書けるように日々研鑽中」
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