マンチェスター・ユナイテッドとトッテナム・ホットスパー。今月1日に邂逅した2チームは、お互いに厳しい批判にさらされていた。片や、前節マンチェスター・シティに6-0で屈辱的に葬り去られたことで解任説まで囁かれ始めたアンドレ・ヴィラス・ボアス。片や、圧倒的な経歴の前任者を超えるという桁違いの難易度を誇るミッションに挑んでいるデイビッド・モイーズ。勿論2人とも監督としての実績はプレミアリーグの強豪を率いるために十分なもので、更に様々な戦術的知識を兼ね備えていることは間違いない。今回はこの試合を1つの例とすることで、筆者がプレミアリーグに訪れつつあると感じている「中央の時代」について考えていきたい。

「中央の時代」とは何か?

「中央の時代」というのは筆者が創り上げた造語であり、別に元来存在している表現ではない。むしろあまり響きが良くないので、何か良いものがあれば読者の皆様に考えてほしいくらいである。閑話休題。大切なのは、筆者がこの言葉で何を表現したいかということである。これが意味することは単純に「3センターの起用が増えている」といったことではない。比較的中央の低い位置でもプレー出来る選手をサイドやトップ下に置くことによって、「サイドとボランチ、もしくは縦(トップ下とボランチ)の入れ替わりによってマークを外し、組み立てを行うチームが増えてきている」ということだ。

例えば最もわかりやすい例となるのはアーセナルだろう。メスト・エジル、トマシュ・ロシツキー、サンティ・カソルラ…時にはボランチのアーロン・ラムジーを高い位置やサイドで併用するアーセン・ヴェンゲルのシステムはある意味で「プレミアリーグの最先端を行く」。まるで1つの生物のように連動する有機的なポジションチェンジによって、「それぞれがそれぞれのタイミングで」連動しながら中央に下りて来て組み立てをサポート。結果的にポジションチェンジによって押し上げられたアーロン・ラムジーやマテュー・フラミニが得点に絡む場面も今や珍しいものではない。中央のポジションチェンジによって相手の守備をかき回し、結果的に細かいパスを繋いで攻略する。現在アーセナルが首位に立っていることは偶然でもなんでもないのだ。言うまでもなく、こういった取り組みをしているのは彼らだけではない。リバプールのブレンダン・ロジャースはサイドにジョーダン・ヘンダーソンを起用することによって、スティーブン・ジェラードやジョー・アレンをポジションチェンジによって押し上げる形を使うことがある。チェルシーのジョゼ・モウリーニョも開幕数試合は、ケビン・デ・ブライネにその役割を任せた。トップ下やサイドでレギュラーを掴んだブラジル人MFオスカルも、正にそのタイプとしてランパードを生かすために重用されている。青の精鋭、マンチェスター・シティでは、ダビド・シルバとサミル・ナスリがヤヤ・トゥーレを高い位置に押し上げるようなプレーを好んでいる。

「中央の時代」が何故重要になってくるのか

特に相手が4-4というブロックで守備を作る場合、この動きは中央で厳しいチャージを受けずに縦パスを受けられる選手を作り出すことに繋がる。何故なら、サイドハーフが中央に落ちてくるような動きをしたとしても相手のサイドバックは基本的にブロックを優先し、ついてくることはないからだ。

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この入れ替わりが行われて、サイドバックが自分のスペースに残った場合、下りてきた選手は比較的余裕を持ってボールを受けることが出来る。そうなると、相手の左サイドバックがマークする存在を失い、瞬間的に守備に参加していない状況になる。更に、それによって黒く円で囲ったエリア(下画像)では数的同数が出来上がることになるのだ。チャンスがあればこのような状況を作り出すことも出来るし、単純にボランチの位置に下りていくことによって三列目の枚数を増やし、組み立てる上での助けになることも出来る。何にしても、こういった入れ替わりは相手の中盤守備を混乱させる上で大きな意味がある。ついていくべきなのか、スペースを守るべきなのか。特に2ボランチにとっては、自分の守るべきゾーンで選手が入れ替わっていくので非常に厄介なことになる。アーロン・ラムジーが信じがたいペースで得点を量産しているのは、彼自身が凄まじい選手というだけではなく、「エジルやカソルラ、ロシツキーの自由自在な動きによって中盤が荒らされ、結果的にラムジーが走り込むスペースが出来てしまう」ということも大きいのだ。

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ヴィラス・ボアスが優先した「中央」

では、試合を例として解説していくことにしよう。アンドレ・ヴィラス・ボアスは大敗したマンチェスター・シティ戦とは違い、ベルギー人MFデンベレをトップ下のポジションで起用。これが攻守に渡って、マンチェスター・ユナイテッドを苦しめる「妙手」だった。デンベレの起用は「中央での数的不利を作られにくくすること」という一点において非常に重要なものだったのは間違いない。キャリック不在のマンチェスター・ユナイテッドが組み立てに苦しむと見たヴィラス・ボアスは、ボランチでも起用出来るほどの守備力を誇るデンベレでクレバリーへのプレッシャーを強化。ボール運びに苦しんだ彼らから出てくる苦し紛れのパスを奪い取り、そこからカウンターを仕掛けていった。特に狙いどころとなったのが香川真司で、サンドロとパウリーニョというプレミア屈指のフィジカルと守備力を誇るボランチの激しいコンタクトによって自由を与えて貰えなかった。また、時にはセンターバックのキリケシュも香川へのタックルへ参加。裏狙いという手段のなかったユナイテッド相手に、高いラインを保って縦パスを何度となく奪い取った。

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また守備だけでなく、攻撃面での入れ替わりも見逃すことは出来ない。デンベレが自由に動きながらプレーすることで空けたスペースにパウリーニョがオーバーラップ。何度となく2センターの意表を突くようにチャンスを作り出した。デンベレに釣られてしまったジョーンズとクレバリーは何度となく「DFラインに」走り込むパウリーニョを任せようとしたものの、彼らも彼らでソルダードや両ウイングにも対応しなければならないということで、非常に苦しい場面が多く作られた。結果的に引き分けに終わったものの、トッテナムにとっては屈辱の6失点を拭い去るほどに、「自分たちはやれる」という実感を得られる試合だったはずだ。

苦難に直面するデイビッド・モイーズに「解決策」はあるか?

そんな押され気味の試合展開でも、香川とルーニーは「レバークーゼン戦の成功体験に引きずられるように」比較的高い位置に残りたがり、それによって中央での主導権を完全に受け渡した。3センターを上手く攻撃参加させたトッテナムに対して、2人のボランチで守ることになったので苦戦する理由はシンプルだ。前回のコラムでも述べたことだが、「トップクラス相手には2枚を前線に残しておくことが出来ない」という現実にまたも直面することになったのである。勿論ルーニーの素晴らしいパフォーマンスから2点を返した粘り強さは特筆に値する。だがしかし、中央を封殺されてのアントニオ・バレンシア一辺倒の攻撃は「チームとしての」絵を描けていないことの証明にも見えた。勿論比較的突破が出来ていたバレンシアに頼るのは悪いことではない。だが、余りにそれが過ぎては「のれんに腕押し」といった印象だった。バレンシアが突破してクロスを上げても、コーナーキックを勝ち取っても高さに自信がある選手はいなかったことも考慮する必要があるだろう。

では、ここで1つの可能性について触れてみることにしよう。それは「マンチェスター・ユナイテッドというチームは『中央の時代』に適応出来ないのか?」ということだ。恐らくそんなことはない。特にチームの中心であるルーニー、そして中央での緻密な動きでスペースに侵入する香川真司は「十分過ぎるほどに」その役割をこなすことが出来るはずだ。実際香川真司は何度も、下がって組み立てに加わることによって流れを変えようと試みていたし、ルーニーもいくつか下がりながらの美しいサイドチェンジで「ポール・スコールズ」を思い起こさせた。選手層的には出来る人材が揃っているし、やり方によってはフェライニやクレバリーをラムジーやパウリーニョ、ランパードのように使っていくことも不可能ではないだろう。中央中心でボールを動かすことによって守備を中央に固めてから展開すれば、サイドに置いたバレンシアやナニの突破力も生きる。現状コンビとして成り立っている香川とルーニーだけでなく、クレバリーと香川という入れ替わりには特に個人的に大きな可能性を感じているところだ。キャリックが中盤の底を支え、香川とクレバリー、ルーニーが自由に入れ替わりながらボールを細かく繋いでいく。そんな絵に「マンチェスター・ユナイテッドの復活」を思い浮かべることが出来るのは私だけなのだろうか?

現在、マンチェスター・ユナイテッドは残念ながらまだ「個の集まり」でしかない。しかしこのチームを1つの物に纏め上げられさえすれば、「香川真司」というジョーカーと共に新しい「悪魔」が降臨するのかもしれない。それを待つ時間は恐らくあるはずだ。


筆者名:結城 康平

プロフィール:「フットボールの試合を色んな角度から切り取って、様々な形にして組み合わせながら1つの作品にしていくことを目指す。形にこだわらず、わかりやすく、最後まで読んでもらえるような、見てない試合を是非再放送で見たいって思っていただけるような文章が書けるように日々研鑽中」
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