世界は広い。特にフットボールの世界では、ヨーロッパというリーグはあまりに高い頂にある場所である。今日では、我らが日本代表でも数人が、そんな世界レベルのチームで闘っているというのは誇り高い事実に他ならない。
しかし、個々の選手たちの能力が向上していくということが、必ずしも「チームにとって」プラスになるとは限らないのが難しいところだ。フットボールは「1+1」を11回繰り返してチームを作って合計を競うほどに簡単なスポーツではない。「世界一のプレイヤー」と称賛されるリオネル・メッシがアルゼンチン代表を優勝に導くことが出来ないように、特に近年のフットボール界では「数人の天才」によって導かれるチームは限界という壁に簡単に辿り着いてしまう。
アルベルト・ザッケローニ。イタリアでは3-4‐3によって組織的にサイドを切り崩し、そこからのセンタリングを狙っていくような積極的な攻撃サッカーによって「異端」とみなされているタイプの指揮官である。生真面目な性格らしく、戦術によってチームをまとめ上げていくことを好んでいる監督が得意とするパターンはこれまで日本代表の試合でも何度も見られた。
4バックであっても3バックであっても、ザッケローニが取り組んできたパターンはこういった図に近いものであった。まずは高い位置を取ったサイドバック(3バックの場合はウイングバック)にボールを入れ、縦を意識させることによってDFに縦を切らせておく。そして、WGに張ったプレイヤーが内側に引きながらボールを受けて起点を作る。ここからのサイドバック(ウイングバック)のオーバーラップを絡めたサイド攻撃を、ザッケローニは徹底してチームに浸透させようとしてきた。だからこそセンターフォワードとして長身のハーフナー・マイクの起用にこだわっていたということも容易に理解できるだろう。
ここで特徴的なのが、ザッケローニのサッカーはウイングが縦に突破していくようなサッカーではなく、ウイングが空けたスペースをオーバーラップしてきた選手が使っていくことにあった。この「運動量」が重要なサイドアタック中心のサッカーがセリエAにおいて一時期旋風を巻き起こしていたのは事実である。
しかし、どうにもこのサッカーは上手く形にならなかった。何故なら日本代表にはサイドのウイングに起用出来る選手に小柄な選手が多く、相手を背負いながらサイドバックが上がる時間を稼ぐようなプレーをこなしていく選手が少なかったからである。唯一、本田がそういった背負いながらのプレーによって存在感を発揮したが、それにしても香川のような貴重な才能を失ってしまうのは惜しい。だからこそ、ザッケローニには迷いが生まれていく。
実際、香川真司という男の成長は凄まじい。「赤い悪魔」という異名を持つ世界屈指の強豪クラブ、マンチェスター・ユナイテッドでハットトリックを達成したことからも解るように、その高い攻撃センスは日本代表では最早並ぶ者はない。特にユルゲン・クロップの特殊なフットボールによって培われた「ボールを受ける」センスにおいては最早プレミア王者であるマンチェスター・ユナイテッドでも傑出している。岡田監督時代にデビューした頃は、「リズム感のあるセカンドアタッカー」でしかなかった若者は、「欧州トップレベルのポジショニングセンスを持ったセカンドアタッカー」へと変貌した。
その成長が、ザッケローニの仕事を難しくしているのだから皮肉なものだ。ここまでの武器を得たことを喜ぶべきなのかもしれないが、恐らく「香川真司」という特殊なフットボーラーを使いこなす戦術をザッケローニはまだ見つけきれていない。
「世界最高の選手の一人なのにマンチェスター・ユナイテッドでは20分プレーを見られない。しかも左ウイングで起用されている。涙が出るよ」
このようにユルゲン・クロップはかつての教え子について語っているが、ここで少し視点を変えてみよう。あくまで個人的な意見になるが、欧州屈指の強豪である「マンチェスター・ユナイテッド」ですら「香川真司」という才能の使い方に戸惑っていたのではないか。香川は、「ポジショニングの良さによってボールを受けて、簡単にゴールに繋げるアタッカー」でとしては世界でも屈指である一方、「自分でボールを受けてドリブルで打開したり、そこから絶妙のスルーパスやセンタリングを送る」という能力では傑出している訳ではない。
つまり、チームのフットボール次第で大きく影響を受けてしまう選手なのである。完璧なパスを受ければ、決定的な仕事をやってのける選手ではあるものの、そもそも欲しいパスが出なければ簡単に逃げるようなパスを繋ぐだけの選手と化してしまう。マンチェスター・ユナイテッドでも信頼を勝ち取っていない時期は、そのように地味なプレーに終始していた。
そんな香川という選手の好調に引っ張られるように、昨夜のブルガリア戦では乾をサイドライン際でプレーさせながらある程度中央を空けることによって、香川にある程度の自由を与えようとするシステムに変更した。内田を高い位置に押し上げてボールを持たせ、縦パスを中央にポジションを取った香川に送り込んで状況を打開していくようなフットボールを作り上げようとしたのである。
実際、一度縦パスさえ入ってしまえば、近くの乾や前田を使いながら狭い位置を切り崩していくようなプレーによって香川は存在感を存分に発揮した。しかし、大きな問題となったのは前半使った3‐4‐3はそういったサッカーをするために適したフォーメーションではなかったことである。
【*逆サイドに乾が流れている際】
実際香川をトップ下に近い位置に置いていくリスクとして、ある程度速い展開で全体が上がりながら攻撃を仕掛けなければならないことが挙げられる。それを嫌ったCBの吉田は、ボールを持ち運んでいくプレーを非常に嫌がっていた。ブルガリアは2トップを前線に残して対応するシステムだったこともあり、マークが中途半端になったりしながらカウンターを受けるリスクを嫌ったのだろう。また、過剰に内田にボールを持たせたことも大きな問題であった。明らかに運動量が増えすぎるだけでなく、高い位置を取らざるを得ないことから何度も日本の右サイドはブルガリアにとって狙いどころになってしまった。4バックのセンターバックを任せれば、「日本で唯一、DFラインから直接香川の足元にグラウンダーの縦パス」を供給出来る選手である吉田を3バックに置いてしまったのは非常に勿体ない印象が残る。
ここで難しくなってくるのが、ザッケローニの得意とする「3‐4‐3」であることの意味がサイドアタックにこだわらないようなサッカーでは見つけにくくなっていくことである。全くメリットが無いなどと言う気はないが、リスクに見合うものは得られない。
また、後半はザッケローニがもう1つの手札として使っている「4‐2‐3‐1」に挑戦。しかし、内田と吉田を交代したことによって攻撃は空回りする場面が目立ってしまう。狭くなってしまった中央にこだわりすぎてサイドを上手く使えないような場面が目立った。
最も端的に状況を表しているのが右サイドアタッカーとして出場した乾の発言だ。
「中央にいると監督から『右に展開した時に内田が1人になるので(右に開け)』と言われた。香川とは『中央にも来いよ』という話をしていた。(サイドにいて選手間の)距離が遠いと難しい」
サイドに張って内田のサポートをしようとしても縦は潰されているし、乾自体どちらかといえば前を向いてプレーするタイプなので、そういったプレーは得意としていない。ザッケローニの指示通りにすると香川や前田を近い距離でサポートに行くことが出来ない。前線の選手たちが自由にポジションを変えるような、悪く言えば「統一感の無い」流動によって左サイドでプレーすることなども少なくなかった。しかし、乾が良さを出して突破を見せたのはむしろ左サイドであったようにも思えてならない。
日本代表、そしてアルベルト・ザッケローニは、マンチェスター・ユナイテッドですら完璧にはこなせていない「香川真司を使いこなす」という難しい問題を突きつけられてしまった。「前線の流動にある程度の制限を加えつつ、守備や組み立てを整備していく」というミッションに取り組むには時間はいくらあっても足りない。今後、日本代表がどのように課題に取り組んでいくのかに期待したい。
筆者名:結城 康平
プロフィール:「フットボールの試合を色んな角度から切り取って、様々な形にして組み合わせながら1つの作品にしていくことを目指す。形にこだわらず、わかりやすく、最後まで読んでもらえるような、見てない試合を是非再放送で見たいって思っていただけるような文章が書けるように日々研鑽中」
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