ユルゲン・クロップ。笑顔を絶やさない陽気なドイツ指揮官は、様々な表情を我々に見せてくれる人間味溢れる監督でもある。彼の率いる若武者たちのチームであるドルトムントは、敵地サンチャゴ・ベルナベウへと有利な状態で乗り込むことになった。全てを始まりの色に染め上げるように、白一色に染まりきったマドリードのスタジアムが若者たちに与えるプレッシャーは恐らく計り知れないものだったことだろう。
常に歴史の中心にいたレアル・マドリードの奇跡を信じていたフットボール・ファンも決して少なくはなかったはずだ。彼らにとって3-0での勝利は決して「ミッション・インポッシブル」では無いと信じられていた。ヨーロッパでの中継では、試合前にサンチャゴ・ベルナベウのロッカールームをカメラが映し出した。メスト・エジル、クリスティアーノ・ロナウド、サミ・ケディラ…白い巨人の一員である世界中から集められた天才たちの名が刻まれたロッカー。そしてロッカーの前に畳まれた世界中のサッカー選手が羨望する白のユニフォーム。それらを次々と映し出した映像が語ったのは「レアルは奇跡を起こすことが出来る」という期待に世界中からの強い期待に他ならない。「スペシャル・ワン」、ジョゼ・モウリーニョは全身全霊をかけてこの試合に向かったはずだ。
先にペースを握ったのはレアル・マドリード。1stレグでやられた事をそのままやり返すような激しいプレッシングを仕掛けることによって二次攻撃を繰り出す。大きな差を作った1人が、右サイドに入ったアンヘル・ディ・マリアだった。メスト・エジルとは違ってボールを運ぶことが出来る彼が右サイドの高い位置に起点を作り、ロナウドが左サイドで起点を作ることによってドルトムントのプレッシングを発動させない。何故なら、片方のサイドにプレッシングでそこまで多く枚数をかけてしまうとバランスが崩れる可能性があるからである。1stレグで見せたように中央寄りのサイドのスペースであれば、サイドハーフ・サイドバック・ボランチの3人でトライアングルを作り出してプレッシャーをかける事が可能だが、サイドライン際では基本的には1対1、良くて2対1で対応せざるを得ない。更にレアル・マドリードは彼らが1stレグで見せたように、そこからハイプレスを繰り出すことによってお株を奪った。
ケディラが狙われたところを、そのままベンダーにやり返すようなレアルの二次攻撃は成功。何度も右サイドからボールを奪い取るとショートカウンターを仕掛けた。それだけではない。レアルはプレッシングを発動させないために持てる全ての技術を動員した。まずは高いラインの裏に長いボールを蹴り込むことによって全体を1度下げてしまう。そして、そこからセカンドボールをシャビ・アロンソやモドリッチが研究しつくされたポジショニングで拾うと攻撃を展開していった。また、コエントランを非常に高い位置まで上げることによってブラシュコフスキを低い位置に押し込んで効果的なカウンターに移りにくい状態を作り出した。散々やられてしまったレヴァンドフスキへの縦パスも完全に読み切り、何度となく縦へのボールをカットして攻撃に繋げていった。更に圧巻だったのが2人のCBラモスとヴァランで、レヴァンドフスキに対して鋭いタックルを仕掛けることによって前半はほとんどボールを持たせなかった。
また、的確に突いたのが「ニアゾーン」とも呼ばれるスペースだった。イグアインが右サイドへと流れていくようなプレーを見せることで上手くSBを外に誘い出すと、数的有利を作った右サイドでボールを繋ぎながら円で示したスペースにアタッカーを飛び込ませた。
モドリッチやディマリアはプレッシングを誘発させるようなプレーも難なくこなしてしまった。あえて狭い位置でボールを受けてドルトムントの選手たちがプレッシングをかけてくると、それを回避することによって遅攻であっても数的有利を作り出してしまった。まるで「プレス回避の教科書」の様に様々なプレーを披露したレアル・マドリードだったが、ドルトムントは圧力に屈せず耐え抜いた。すると徐々に勢いを掴み、攻撃を何度も仕掛けてゴールを脅かして見せた。確かにクリスティアーノ・ロナウドは怪我の影響もあってか精彩を欠いてしまっていたし、エジルやイグアインに決めきる技術があれば変わっていただろう。しかし、ドルトムントが耐え抜く事が出来たのはユルゲン・クロップのフットボールが「カジュアル」なものであるからなのではないだろうか。グループリーグでのレアル戦勝利についてクロップはこんな風に語っている。
「秘密を教えようか。試合前に1つだけスローガンを作ったんだ。『今日だけは何があっても守備をサボるな!』ってね(笑)。マドリーのカウンターは3秒で相手のゴール前に到達する。つまり、ボールを失った時に追いかけないようなヤツが一人でもいたら、マドリーにはとても対抗できないんだ。そして、その守備が出来た結果、ドルトムントのサッカーが機能し始め、最後に幸運が味方したということだ」
彼のフットボールはカジュアルだ。クロップがジャージを好み、表情を隠さないように…ドルトムントの指向するフットボールはシンプル極まりない。レアルのパターンを全て止めようとしてしまっては、恐らく手札の多さに驚愕した結果崩されてしまうことになるだろう。しかし、ユルゲン・クロップはそんな事は考えない。昨夜の試合で言えば「とにかくDFラインと中盤のラインの間だけは密度を保ち、メスト・エジルだけにはやらせるな」という事でありそれを可能にするための「いくら裏を突かれてもラインだけは下げるな」ということだろう。もう1つ加えるとすれば「エッシェンが持ったらプレッシングを仕掛けろ」という事だろうか。そのシンプルな指示がドルトムントの若者たちから迷いを消し去る。何度やられても、エジルのところだけは空けない。恐らく、裏を狙われてラインを下げれば結果的にエジルがいいポジションでボールを受けてしまう事になり、押し寄せる奔流のようなレアルの攻めに翻弄されることになってしまっただろう。実際、下図からも解るように彼らのDFラインの位置は非常に高く保たれていた。
(図はインターセプトの位置を示したものでありSquawka Footballから抜粋)
ジョゼ・モウリーニョは、全く逆だ。フォーマルなスーツが似合う伊達男は、周到な準備と計算されつくした攻撃によって相手を圧倒する。カジュアルなフットボールを何度も打ち崩してきた彼が、この2戦では結果的に敗北に終わってしまった。最後のカカ投入と3バック化の力押しも、恐らく彼にとっては使いたくなかった手だったのではないかと筆者には思えてしまう。もちろん個の力で圧倒したことによって彼らは2点を返して最後の意地を見せつけた。しかし、前半の用意周到な攻撃によって点が奪えなかった時点で名将のゲームプランは完全に崩壊してしまっていたのである。
「運を言い訳にするのはような人間は所詮、偽善者に過ぎない。私はもし自分のチームが負けてしまったときには必ずその理由を見つけるようにしている。 良いサッカーをしなかったから負けるのだ。何か過ちを犯すから負けるのだ。相手がわれわれを上回っていたから負けたのだ」
彼は以前このようにインタビューに答えた。ここまでストイックで、フォーマルな完璧主義者に率いられても、スター集団レアル・マドリードには何故か危うさが消えきらない。何度となく選手との衝突が報じられ、1stレグのように明らかな失態を見せる。これがレアル・マドリードというチームの体質なのか、選手たちの性格の問題なのかはわからないが、何故かレアル・マドリードはフォーマルになりきれなかった。そんなレアルが「カジュアル」なフットボールに敗北したのはもしかしたら必然だったのかもしれない。ジョゼ・モウリーニョは来年レアルの監督を辞める可能性についても試合後に言及した。結果はともかくとしても、最終的に「フォーマルなチーム」を作れずにマドリードを去っていくとしたら、これはジョゼ・モウリーニョという監督にとって最初の大きな失敗なのかもしれない。
筆者名:結城 康平
プロフィール:「フットボールの試合を色んな角度から切り取って、様々な形にして組み合わせながら1つの作品にしていくことを目指す。形にこだわらず、わかりやすく、最後まで読んでもらえるような、見てない試合を是非再放送で見たいって思っていただけるような文章が書けるように日々研鑽中」
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