FAカップは本当にジャイアントキリングだったのか?
「世界で最も歴史のある大会」として名高いFAカップの醍醐味は、ジャイアントキリングだと呼ばれる。全てのカテゴリーにいるチームに参加資格があるこの大会は、天皇杯のモデルとなったことでも一般的に知られている。そんなFAカップ4回戦、蒼きプレミアの雄チェルシーは3部ブレンドフォードに追い込まれ寸前で引き分け、港町の古豪リヴァプールは3部オールダムの前に敗戦を喫した。「3部」という言葉だけが強調されてしまっている事で、リヴァプールファンやチェルシーファンは圧倒的な格下に試合を拾われたと感じていることだろう。
しかし、本当にオールダムやブレンドフォードは我々日本人の感覚で言う「3部」のチームと言えるのだろうか。今回のコラムでは、日本における3部であるJFLとイングランドにおける3部リであるリーグワンのチームを比較しながら、なかなか日常生活ではお目にかかれないイングランド下部リーグの世界に皆様をご招待したい。今回はJFLから昨年2位と4位という好成績を残した2チーム、AC長野パルセイロとカマタマーレ讃岐を取り上げた。
AC長野パルセイロ
佐藤悠希 U16日本代表
藤井貴U17、U18、U19 、U20日本代表
宇野沢祐次U20日本代表
世代別代表経験者3人 外国籍選手0人
カマタマーレ讃岐
イ・ヒョンジン 韓国
チョ・ソンジン 韓国
アンドレア フランス
世代別代表経験者0人 外国籍選手3人
Oldham
Alex Cisak オーストラリアU20代表
James Wesolowski オーストラリアU20代表
Jean-Yves M'voto フランス
Lee Croft イングランドU20代表
Dean Furman 南アフリカ代表
Dean Bouzanis オーストラリアU23代表
Jose Baxter イングランドU16、U17代表
Kirk Millar 北アイルランドU21代表
Youssouf M'Changama コモロス代表
Reece Wabara イングランドU21代表
Liam Jacob イングランドU21代表
Carl Winchester 北アイルランドU16、U17、U19、U21、A代表
世代別代表経験者9人 外国籍選手8人 A代表経験者3人
Brendford
Kevin O'Connor アイルランドU21代表
Jonathan Douglas アイルランド代表
Farid El Alagui モロッコ
Marcello Trotta イタリアU16,U18,U19代表
Stuart Alan Dallas 北アイルランド代表
Antoine Gounet フランス
Lee Hodson 北アイルランド代表
Harry Forrester イングランドU16,U17代表
Toumani Diagouraga フランス
Jake Bidwell イングランドU16,U17,U18,U19代表
Rob Kiernan アイルランドU21代表
世代別代表経験者5人 外国籍選手8人 A代表経験者3人
更に、オールダムとブレンドフォードには世代別代表選手が非常に多いだけでなく、現在A代表に現役で所属している選手すらいる。さらに代表に入っている、入っていないに関わらず、こういった3部チームの選手たちは大抵がマンチェスター・シティ、リヴァプール、エヴァートンなど、有名なプレミアの強豪チームのユースからトップチームに上がれずに下部リーグに流れてきた若い選手たちである。また、数人の若手はビッククラブからレンタルで出場機会を求めてやって来ている。少し歯車の噛み合わせが違っていれば、ラヒーム・スターリングやライアン・バートランドのようにプレミアの強豪でトップチームの一員として活躍の場を与えられていたかもしれなかった、またはなるかもしれない選手たちなのである。こうして見ると、オールダムやブレンドフォードの個人能力のレベルは非常に高いということが出来るのではないだろうか。
確かに、プレミアリーグの上位チームはJ1と比べ物にならないほどに豪華なメンバーを揃えてはいるものの、それでもJ1とJFLの戦力差と比べるとプレミアとリーグワンの差は小さいように思えるほどに、リーグワンの選手たちがそれぞれ持っている経歴は豪華だ。更に過密日程の中で、万全の状態を整えて高いモチベーションで挑んでくる彼らを相手にするのはそう簡単ではない。プレミアリーグのチームは、なかなかフルメンバーを揃えてFAに挑むことが難しいことも加味すれば、決して結果は「ジャイアントキリング」ではないように私は感じる。リヴァプールのスペイン人アタッカー、スソが試合前に「FAカップでは、時にプレミアリーグのチーム以上に下部リーグからのチームが厄介な相手になり得る」とインタビューに答えていたように。
今回、イングランド下部リーグの競争力について触れた。こうしたレベルの高さを支えているのはビッククラブから溢れてしまった若手有望株を下部リーグが拾い上げるというシステムの存在である。もちろん、下部リーグにはそういった役割が求められるが、2部相当のチャンピオンシップだけがそういう役割を担うのではなく、3部相当のリーグワン、4部相当のリーグツーがそういった役割を担っているところがイングランドのサッカー人気を表している。2部リーグというものは、1部への選手の供給役、若手の受け皿になりがちだがイングランドでは必ずしもそうではない。チャンピオンシップの中でもいくつかのチームはプレミアの下位チームに劣らぬ資金力で海外から選手を補強するし、非常に人の出入りが活発で競争力のあるリーグである。実際チャンピオンシップのレベルは、恐らく欧州の中規模リーグにも匹敵するのではないだろうか。また、下部リーグへの客入りも良く熱気も素晴らしい。こういった3部、4部リーグこそがイングランドのプレミアリーグ、チャンピオンシップのレベルを支える土台となっているのである。チャンピオンシップ首位のカーディフを打ち破り、ウィガン・アスレチックスを最後の最後まで追い込んだマクルスフィールドタウンというチームはカンファレンス(5部相当)に所属するチームであるにも関わらず、5人の外国籍選手とジョン・ポール・キソックというエヴァートンユース出身でアンダー代表にも選出されている非常に有望な若手アタッカーが所属していたりもする。彼は14歳でイングランドU16代表、16歳でイングランドU18代表の一員となった。確かに、チェルシーやリヴァプールにとっては自分たちの力を出し切れなかった手痛い結果であることは間違いないが、「3部」という言葉だけに惑わされず個人を見てみると、優秀な若手が揃った決して甘く見てはいけない相手であることが解るのではないだろうか。
イングランドには、確かに問題も多い。プレミアリーグには海外出身の選手たちが溢れ、イングランド代表にはなかなか優秀な若手が現れない。しかし、私はこういった下部リーグにいる才能にもっとプレミア、イングランド代表が目を向け始めればイングランドのサッカーはよりレベルアップしていくのではないかと考える。マクルスフィールドタウンのジョン・ポール・キソックは非常に線が細く、プレミアの激しいぶつかり合いには不向きと判断されたのだろう。しかし、実際彼のプレーを見るとスペインやオランダに生まれていたら…と思うほどに技術面のクオリティの高さ、アウトサイドキックを柔らかく使うアイディアの豊富さに驚かされる。そういった、一度プレミアの網から落ちてしまったものの、サッカースタイルによっては力を発揮出来る若手を再び引き上げることがイングランド代表のためには求められてくるのかもしれない。下部リーグの競争力の高さは、レンタルなどによってビッククラブが選手の成長を促すのにもメリットがある。才能溢れる若手に、成長の機会を与えられるイングランド下部リーグを見逃せない。
筆者名 | 結城 康平 |
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プロフィール | サッカー狂、戦術オタク、ヴィオラファンで、自分にしか出来ない偏らない戦術分析を目指す。 |
ツイッター | @yuukikouhei |
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