アンドレ・ヴィラス=ボアスはダビド・シルバの夢を見るか?「“自由”が持つ可能性」

トッテナム対QPR。トッテナムを作り上げた名将、ハリー・レドナップに対したのは若き知将アンドレ・ヴィラス=ボアスだった。スコアレスで終わったこの試合、トッテナム・ホットスパーズには、何が足りなかったのか。

今回は、最下位に沈むQPR相手に、崩しきれなかったトッテナム攻撃陣の問題を昨シーズンの王者であるマンチェスター・シティとの比較を中心に論じていきたい。トッテナムのシステムは4-4-2。それに加え、ヴィラス=ボアスは両CBを組み立て時にサイドに開かせる事を好む。

特にトッテナムは高いフィード能力を持つ右CBのドーソンにボールを集める事を望んだ。また、攻撃時には前線は非常に自由なポジショニングを取る。これもチェルシー時代からの特徴だが、前線にはかなり自由を与えるのがヴィラス=ボアス監督のサッカー観である。チェルシー時代はトーレスが良く右サイドに流れていた。時たまベイルは中央に顔を出し、デフォーも引いてバイタルエリアに顔を出す。アデバヨールも左に流れる場面が非常に多かった。

しかし、前線に自由を与える事には多くのリスクが内在する。トッテナムの両ボランチは組み立てに絡むのが得意なタイプでは無かったこともあり、両ボランチは前線の自由な動きに合わせる事が出来ず、縦パスを出すタイミングをしばしば失い、手こずっているように見えた。多彩なパターンを偶発的に生み出すはずの「自由」が相手にとって読みにくいものになるのではなく、味方にとって読みにくいものになってしまっていたのだ。だからこそ、レドナップは両ボランチに対してパク・チソン一人で牽制するだけで組み立てを容易に阻害する事が出来たのである。

そうなれば、右に開いたドーソンからの逆サイドへのフィード以外にはチームとして信頼出来る形は存在しておらず、それも読まれ始めれば自ずと後ろの組み立てと前線を繋ぐ選択肢は減ってしまう。そうすればQPRからすれば、かなり攻撃の選択肢が減った状態で守備が出来たと言える。組み立てに関われる左SB、ブノワ・アス=エコトの不在もそれに拍車をかけた。では、無秩序にならないように攻撃に自由を与えるにはどういった工夫が必要になるのだろう。

昨年優勝したマンチェスター・シティは、それを可能にしたチームである。それを可能にした大きな要因が、指揮者ダビド・シルバというプレイヤーである。彼らは優秀なプレイヤーを揃え、前線に自由を与えた。それに加え、トッテナムのように両ボランチは組み立てが得意という訳でも無かった。しかし、それは決して無秩序にはならなかった。何故なら、ダビド・シルバが攻撃のスイッチとして機能していたからである。ダビド・シルバの動き出しはチームの意図を生んでスイッチになる。中で受ければ、外に選手が必ず走り込む。外で受ければ、中の選手がそれに合わせて動き出す。ボールがダビド・シルバに入らない時ですら、彼の動き出しに合わせてチーム全体が形を変えながら動いていく。今季は、組み立てにも絡んでいこうという姿勢がより強くみられるようにもなった。

神経系をもたずとも、迷路の最短距離を見つけ出す事が出来る粘菌のように、一つの生き物としてチームが動きさえすれば前線にある程度の自由を与える事にも可能性はあるのである。自由を、束ねる事が出来るプレイヤーさえいれば。

つまり今後のヴィラス=ボアス政権におけるトッテナムの攻撃は、もし彼がこれまでのように前線に自由を与えることによって生まれる読みにくい攻撃を志向し続けると仮定すれば、ギャレス・ベイルという選手にかかるタスクが非常に大きい。トッテナム・ホットスパーズにおいて間違いなくエースである彼の動き出しがチームに意図を生む事が出来れば、モドリッチのようなゲームメイカーがいなくても後ろと前線をリンクする事が出来るはずだ。世界レベルの選手には共通する自分への厳しいマークをチームの為に利用する、という発想が求められるのである。

彼のプレイヤーとしての幅は明らかにここ数年で広がっている。更に使われるプレイヤーから卒業し、チームのスイッチになる事が可能になれば…トッテナムだけでなくギャレス・ベイルというプレイヤー自体にも大きなメリットになるだろう。そして、それはヴィラス=ボアスにとって理想の攻撃が完成する事を意味する可能性すらある。

最後に、今回の題名について一つ。解っていただけた人もかなりいるのでは、と思いますがSFの古典である「アンドロイドは電気羊の夢を見るか?」という作品の題名を参考にさせていただきました。アンドレとアンドロイドの響きからの思いつきです。この斬新な題名をつけた作者フィリップ・K・ディック氏への最大級の尊敬と賛辞を、このコラムの締めくくりに代えさせていただきます。

※フォメ―ション図は(footballtactics.net)を利用しています。

 

筆者名 結城 康平
プロフィール サッカー狂、戦術オタク、ヴィオラファンで、自分にしか出来ない偏らない戦術分析を目指す。
ツイッター @yuukikouhei

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