Jリーグ代表としてサウジアラビアで開催されるAFCチャンピオンズリーグエリートのファイナルズに臨む横浜F・マリノスと川崎フロンターレ。
両チームのホームタウンである神奈川県の横浜市と川崎市は隣接していることもあり、サッカーにおいてある種“密接な関係”にある。
そこで今回は、「横浜出身だけど川崎」「川崎出身なのに横浜」なサッカー選手を5名紹介する。
仲川輝人
1992年7月27日生まれ
川崎市川崎区出身
まずは、川崎市出身として初めてJリーグMVPを受賞した快速アタッカー。
川崎フロンターレのアカデミーで育成された仲川輝人は、トップ昇格できなかったため専修大学へ進学。チームは仲川が加入した2011年から関東1部を4連覇したものの、彼自身は4年次に右膝前十字靭帯の大怪我を負ってしまう。
しかし、その中でオファーを提示した横浜F・マリノスへ2015年に加入すると、FC町田ゼルビアやアビスパ福岡への期限付き移籍を経て成長。迎えた2019年、チームは2年目のアンジェ・ポステコグルー監督のもと魅惑の“アタッキングフットボール”を展開してJ1を制した。
個人としてもこのシーズン、得点王とMVPに輝いた仲川。2023年にはFC東京へ完全移籍し、現在は「多摩川クラシコ」で川崎の前に立ちはだかっている。
板倉滉
1997年1月27日生まれ
横浜市青葉区出身
続いては、カタールワールドカップに出場し、日本代表の中心選手となりつつある板倉滉。
横浜市青葉区出身の彼は、小さい頃から応援していた川崎フロンターレのアカデミーにジュニア1期生として加入。2015年に同期の三好康児とともにトップ昇格した際には、三好が「アカデミー史上最高傑作」と呼ばれたのに対し、板倉は「フロンターレ後援会の最高傑作」と評された。
2018年に期限付き移籍したベガルタ仙台でセンターバックとしてブレイクすると、2019年1月にマンチェスター・シティへ電撃移籍。フローニンゲン、シャルケ、そして現在所属するボルシアMGと順調にステップアップを果たしている。
現在“フロンターレ愛”を語る機会は少ないが、板倉は今でも『滉機到来!見せてやれ川崎魂!!!』という川崎時代の横断幕の写真をXのヘッダーに使っている。