レアル・ソシエダで活躍する日本代表MF久保建英。

幼少期から天才として知られ、もとは世界的名門であるバルセロナで育成されていた。

その後、日本に帰国すると18歳でレアル・マドリーに加入し、それ以降はスペインの地でプレーを続けている。

そうしたなか、『SPORT』は、「久保建英とバルセロナ、ラ・マシアで育った日本の才能」という記事を伝えていた。同紙はバルサ寄りのスペインメディアであり、こんな伝え方をしている。

「バルサは、福岡で行われたトレーニングキャンプで久保を発見した。並外れた左足、視野、戦術的成熟度は、当初から注目を集めた。その成長は着実で有望であり、常にクラブの特徴的なプレースタイルに従っていた。

2014年、FIFAが未成年者の登録に関する不正行為を理由にバルセロナに制裁を科したため、久保はクラブを離れることを余儀なくされた。久保はサッカー面でも個人面でもラ・マシア(バルサの育成組織)に完璧に適応した4シーズンを経て日本に戻った。

久保が18歳になったとき、バルセロナは久保の復帰を試みた。クラブは久保の取り巻きと連絡を取り続け、久保自身も復帰の意向を示した。しかし、代理人が要求した契約条件はバルサのスポーツディレクターに受け入れられなかった。

クラブは、トップチームに昇格できる可能性もあるバルサBへの移籍を提案したが、久保の周囲は、すでに地位を確立した選手にふさわしい条件の契約を要求した。合意に至らず、久保はカンプ・ノウを離れてキャリアを続けることになった。

バルサでの時間は早々に終わった久保だが、ラ・マシアでの時間はそのプレースタイルに明確な痕跡を残した。戦術的知性、創造性、そして、(相手の)バランスを崩す能力。

彼はバルサのトレーニングモデルが、たとえトップチーム入りを果たせなかったケースであっても、いかにワールドクラスの才能を世界に送り出し続けているかを示す、もうひとつの例である」

久保は古巣バルサへの復帰ではなく、宿敵レアルへの移籍を選んだ。

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それでも、久保を育てたのはバルサの育成だという自負があるようだ。

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