営業で1億を稼ぐ選手たち
2020年、南葛SCは東京都リーグ1部、関東社会人大会を制し、関東リーグ2部昇格を果たした。コロナ禍ながら、クラブは将来を見据えて地域貢献活動を徐々に始め、同時に元Jリーガーの選手社員をセールスマンとして育てて、彼らが新規パートナーを獲得するまでにいたった。
――ボールを大事にするスタイルは、『キャプテン翼』の主人公・大空翼くんの「ボールはともだち」からきていますか。
そのとおりです。都道府県リーグや地域リーグでは、勝利を重視するというか、早めに相手ゴール前へとロングボールを蹴り込む、リスクを負わないサッカースタイルが主流になっているように感じます。そういう部分も踏まえ、クラブとしての方向性を高橋先生とじっくり話し合いました。その中では、「『キャプテン翼』のチームがロングボールを蹴り合うようなサッカーをするのはどうか」、「作中にも出てくる『ボールはともだち』をテーマに据え、クラブとしてブレずにやっていこう」という結論に達しました。
――2020年には、株式会社南葛SCとして“選手社員”を雇ったと聞きました。
楠神順平、佐々木竜太、石井謙伍の元Jリーガー3選手を社員として雇い、“選手社員制度”をスタートさせました。社会人チームに所属する選手は、その多くが日中に働いて夜間に練習します。そのスケジュールで活動していると、地域貢献活動が思うように展開できません。僕自身、サッカークラブに携わる者として、地元の方々に応援していただくのはとても重要なことだと考えています。そのため、“選手社員”という新たな立ち位置を設け、今挙げた3人をモデルに地域貢献の新たな取り組み方について検証したいという思いもありました。
とはいえ、2020年といえば世の中はコロナ禍で、自由に外出することすらできませんでした。当時、楠神はJ1リーグの清水エスパルスから南葛SCに来てくれたのですが、出社もできない状況でしたので、ビジネスに関する書籍を積極的に読んでもらうことにしました。読後には感想文を送ってもらい、それに対して僕がコメントするようなやり取りが続きました。
――楠神選手は同志社大出身ですよね。
楠神は学生時代をはじめ、プロになってからもサッカーばかりやってきた人間ですが、当初からビジネス面に関するセンスが感じられました。ビジネス書に関する感想文に、その目のつけどころのよさが十分に滲んでいたんです。今季で在籍5年目になりますが、営業の数字も素晴らしいものがあります。
ちなみにこの選手社員は、2021年に大卒新人2人を加えて、合計5人にしました。まだまだコロナの影響で難しい状況が続いていましたが、少しずつ屋外での活動ができるようになってきた。先ほど挙げた楠神、佐々木、石井はそれぞれJ1リーグのクラブに所属した経験がありますが、Jリーグ経験者でなければ成立しないのであれば、この先も選手社員制度を続けていける保証はありません。僕の立場としては、大卒ルーキーにも働いてもらい、その分の給料をきちんと支払えるような組織を作っていきたい。その思いが5人体制へとつながり、結果的に営業活動と地域貢献活動の両面で手応えをつかむことができました。そこで翌2022年には、選手社員を一気に21人に増やすことにしたんです。
――え、21人ですか。
サッカー面では関東リーグ1部昇格を成し遂げることができましたので、事業面でも規模の拡大を狙いました。前年の5人体制の中で大卒2人も「十分に機能する」という感触があり、一気に勝負をかけて正社員と業務委託社員を合わせて21人体制にしました。彼らには夜間の全体練習が始まる前に、週3日、1日5時間、株式会社南葛SCの営業部の一員として働いてもらい、その対価として給料を支払う。人数が増えればもちろん人件費も増えるわけですが、その年は選手社員21人で合計約1億円を売り上げたんです。
――1億円ですか!!
はい。彼らの営業努力で。
――コロナ禍が収束したとはいえ、すごすぎますね。
「勝負に出て、賭けに勝った」という感覚がある一方、僕の中には確信もありました。特に、2021年の5人の働きぶりを見て、プロ経験者、またはプロに近いところまで到達した選手には、“正しい努力を積み重ねられる能力”があり、こちらがビジネスにおいて何が正しい努力なのかを指摘してあげられれば、彼らは戦力として十分に機能すると思ったんです。
――正しい努力ができていないとプロにはなれませんもんね。
そうです。サッカーというとんでもない大きいピラミッドの中で、その上澄みまで来るということは、子供のころからずっと誰よりも努力して、工夫してやってきた人間しかプロないし、プロに近いところにはなれないと思っています。メディアとして選手と関わりながら、そこへのリスペクトはずっとあった。だから「絶対やれるだろうな」と思っていましたが、思った以上に初年度から結果を出してくれました。