「やっぱり、人と人との付き合いだから、監督と選手って。その監督と2~3年くらい仕事をして、ほぼずっとスタメンで使ってもらえるまでになったから。
あそこでこっちも向こうを嫌いになったら、そこでキャリアは終わっていたかな。自分から寄り添っていくというか、自分から変えていくっていうのは大事、すごく」
原口が浦和レッズからヘルタ・ベルリンに移籍したのは2014年夏。翌年2月にハンガリー人のパール・ダルダイ監督が就任すると5試合連続で起用されず(実際はベンチ外だったのは1試合だけのようだ)。
それでも腐らずに好印象を抱かせるような心がけをすると使ってもらえるようになったとのこと。そこで歩み寄る努力をしなかったら、その時点で終わっていた可能性もあったとか。
実際、原口はダルダイ監督のもとで92試合に出場。同指揮官にとって原口は監督キャリアで10番目に多くの試合で起用した選手になっている。
ちなみに、原口はウニオン・ベルリンに所属していた2021年のヘルタ戦で、ダルダイ監督の息子であるマールトン・ダルダイと対戦したこともある。