『DAZN』で毎週木曜日に配信されている「内田篤人のFOOTBALL TIME」。

今回は年内最後の放送ということもあって、ゲストには今シーズンで現役を引退した元日本代表MF小野伸二が出演。内田篤人との対談「アツトカケル」も行われた。

その中では、1998年に行われたワールドカップ・フランス大会に出場した際のエピソードについても。高校卒業からまもなく、メンバー落ちした三浦知良の「11」を着けて臨んだ大会にどう挑んでいたのか…。

内田「あれは何年目ですか?」

小野「プロ1年目。高校卒業して3か月後くらいだよ。たしかそんなもんだと思う」

内田「あのときは23人ですか?メンバーに入るか入らないかのときは」

小野「いろいろありましたね。市川大祐だけ最年少で一緒に入っていて、ほかは全員先輩。で、カズさん、北澤さん、イッチーといつも4人でご飯を食べてた。

メンバー発表されてからの色々な報道をみなさんが見ていたと思いますし、その中でカズさんが使っていた11番を着けさせてもらうというね…。なんかもう、『オレじゃないだろ』という気持ちでいたけどね。

背番号は1から順に発表していくんだけど、自分は後半になるだろう…と思ってたから何も気にしないで待ってたら『11番、小野』って名前を呼ばれて驚いちゃって(笑)

『えっ!オレっすか?マジでそれはダメだって、カズさんの番号は欠番でもいいんだから、着せちゃダメなんだって』って思いましたもんね」

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18歳という日本代表最年少でのワールドカップ出場を果たした小野伸二。しかしそのユニフォームに着けられた11番というナンバーは、彼にとって非常に違和感のあるものだったようだ。

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