今シーズン限りで横浜F・マリノスの監督を退任し、中国超級リーグの上海海港へと移籍することになったケヴィン・マスカット監督。

2021年にアンジェ・ポステコグルー監督のあとを継ぐ形で就任した横浜F・マリノスでは、2022年にJリーグ優勝を果たすなど結果を残していたものの、2年半でチームを去ることを決断した。

その後どのクラブを率いるのか注目されていたが、最終的には中国で新たなキャリアを進めることを選択している。

今回そのケヴィン・マスカット監督が『KEEP UP』のインタビューに答え、中国に移籍した経緯を以下のように語っていた。

「私と横浜F・マリノスは、最後まで契約延長に関して前向きな話し合いをしていた。将来について率直な議論を行っていた」

「自分が言えることは、会長からスポーティング・ディレクターに至るまで、とてもフレンドリーで友好的であったということだ。そこにいた2年半で優勝が1回、2位が2回。とても素晴らしい時間だったと心のなかで思った」

「監督をサポートする基盤があり、彼らはとても知識が豊富だった。その期間を通じて我々が直面した課題を正しく認識していた。パフォーマンスという観点では信じられないようなものだった」

「個人的な観点から言っても、彼らは私や妻、そして家族を心から歓迎してくれたし、世話を焼いてくれた。家族の一員として受け入れてくれた」

「優勝した3人の監督のうちの一人として、スーパーカップを優勝した唯一の監督としてマリノスを去ること。お互いの感情がその事実の大きさを反映していた。我々はお互いを大いに尊重していた」

「Jリーグのシーズン中に2~3回、他のクラブから連絡を受ける機会があった。その中で実際に話をしたのは本当に1つだけだった。それ以外のクラブとは話をしていない。それは、本気で私がJリーグのチャンピオンになるためにすべてを捧げていたからだ」

「そして最後の数試合が近づいたころ、この機会が訪れた。実を言えば、私は上海海港とはそれまで話していなかった。長い間交渉を拒否していた。ただ最終的にはスポーティング・ディレクター、チームマネージャー、そして社長とも話し合うことにした」

「彼らは過去4~5年間に何が起こったのかを解説してくれた。率直で明確な議論であった。そしてこれからの3~4年でどのように進めたいかも伝えてくれた」

「それは、私が参加してみたいプロジェクトであるように思えたのだ」

シーズン中はサンダーランドやレンジャーズなどの噂が流れていたが、実際のところは交渉をしていなかったとのこと。

横浜F・マリノス、「歴代最高の日本人選手」はこの5人!

そしてシーズン終了が近づいたときに上海海港からのオファーがあり、話し合いをしたところプロジェクトに関心を抱いて…という経緯であったそうだ。

【厳選Qoly】インドネシアの帰化候補「150人超」に対し…帰化して日本代表になった7名