2005年に日本で行われたFIFAクラブ世界選手権(トヨタカップ)。決勝戦でリヴァプールを撃破して、クラブ世界一に輝いたのは、サンパウロだった。

ジェラードのスーパーフリーキックを阻止した守護神ホジェリオ・セニのマジカルセーブがこれ!

こりゃすごい…。まさにチームを救う魂のビッグセーブだった。

【関連記事】「ゲイ、コカイン…突然の引退から復帰した4つのケース」

この当時サンパウロに所属していたブラジル人DFフラヴィオ・ドニゼッチが麻薬中毒だったことを明かした。『Globo』によれば、彼はコカイン代のために横浜で授与された優勝メダルも売り飛ばしたそう。

フラヴィオ・ドニゼッチ

「(コカインは)2010年から使い始めた。

コカインと出会って、あまりにも多くを失った。それまでは節約していたからね。

自分の人生のなかで (薬物が)強くなって、全てを失い始めた。

毎日、貯めていた金をドラッグを買うために使った。ドラッグなしではいられなかった。朝昼晩、コカインを使わなきゃいけなかった。

口座の金、持っていた物、全てを失い始めた。

全て、全て、全部を失った。失わなかったのは、今でも一緒にいてくれる妻と娘、家族だ。

友人や助けてくれた人たちについては、誰も自分に話しかけなかったし、もう助けてくれなかった。

もはや誰も僕を信じていなかった。例え助けたとしても、僕が真っ先にやるのはドラッグを買うことだと彼らは分かっていたからね」

「(サンパウロでの優勝メダルは?)

ドラッグを使うために売った。7000レアル(13万円)で。家にいて、禁断症状に襲われてね。

メダルがあることは分かっていたけれど、売ることは考えたこともなかった。

いとこがメダルについてのメールを送ってきて、自分は売りたいと返信した。1週間後に買いたい人がいると返事があった。相手は3000レアル(5.8万円)を払った。

いとこにメダルを渡したが、7000レアルで売ったことは後で知った。騙されたけれど、彼が悪意を持って行動したのかは分からない。

彼は自分が置かれていた状況を知らなかったので、許してくれとお願いしてくる。

売って得た金はほとんどコカインに消えた(※その後、テレビ番組でメダルは取り戻したそう)。

(ドラッグのために)サンパウロのユニフォームも売った。車は売れなかった、支払いができずに車を失ったからね」

優勝当時21歳の有望株だったドニゼッチは現在36歳。13年間もコカイン中毒だった彼は「この病はゆっくりながらも進行性で不知かつ致命的。もう少しで死にそうだった」とも述べている。

友人は2人だけになってしまったというが、妻、娘、母、父、兄弟に支えられたという。現在は治癒した状態だというものの、薬物を断つために常に注意を払っているそうだ。

【厳選Qoly】東南アジア最強を決める三菱電機カップで日本出身選手が躍動!活躍する日本出身の5選手を紹介