ところで、現役時代のバについてあまり知らない方もいると思うので、簡単にご紹介しておこう。

イブラヒム・バってどんな選手?

“イブー”の愛称で親しまれたイブラヒム・エンゴム・バは1973年の11月12日にセネガルの首都ダカール生まれた。1970年代にセネガル代表選手だったイブラヒマ・バの息子である。

1991年にル・アーヴルに入団。5年間プレーし、ボルドーに入団。ボルドーからユヴェントスに移籍したジネディーヌ・ジダンとは入れ替わりであり、一緒にはプレーしていない。

ボルドーでは35試合で6ゴールを奪う活躍を見せ、フランス代表にもデビュー。1997年、当時ファビオ・カペッロが率いていたミランに入団した。

その頃のミランは低迷期。オスカル・タバレス体制で10位。アリーゴ・サッキが立て直しに失敗し、1シーズンでレアル・マドリーから戻ってきたカペッロでも結果を残せなかった。バは右サイドで31試合に出場してレギュラーを掴むも、ミランでのゴールはラツィオ戦で決めた1ゴールのみに終わっている。

順調だったキャリアは下降線へ

1998年に行われたフランスW杯にメンバー入りするかと思われたバだったが、登録メンバーから落選。さらにはミランの新監督に就任したアルベルト・ザッケローニの下ではレギュラーを勝ち取れず。3-4-3の右ウィングはジョージ・ウェアやレオナルドが、右サイドハーフはザッケローニがウディネーゼから引き連れてきたトーマス・ヘルヴェグが務め、ベンチを温める日々が続いた。

ザッケローニ体制のミランがセリエA優勝を果たしたことで、バの立場はさらに悪くなる。チャンピオンズリーグの登録メンバーからも落ち、1999-2000シーズンの開幕直後にペルージャにローン移籍した。

当時のペルージャといえば、元日本代表MFの中田英寿が活躍していたクラブだ。バは4-5-1の右サイドアタッカーとしての活躍を期待されたものの、デビュー戦で頭突き事件を起こしてしまい信頼を失う。さらには膝の負傷もあって、ペルージャでは活躍できずにミランに復帰した。

それからもミランではなかなか活躍できず。ローンでマルセイユに移籍したが、チャンスを掴めず。出場機会はどんどん減少していった。カルロ・アンチェロッティ体制でも出番がなく、2003年にボルトンに移籍。その後はトルコ、スウェーデンでプレーしたが結果を残せなかった。

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