○中・長期的な計画の瑕疵
フロントの犯した間違いは複数あるが、今回取り上げるのは大きく2つ、以下の通りである。
(a) 現所属選手、もしくは指揮官らスタッフの正確な特性把握。及び敵勢力の正確な分析
(b) 上記に基づいた選手・スタッフの選考。もしくは指揮官の特性を把握した上での、効果的な選手補強&放出
順に解説していこう。まず(a)の 「現所属選手、もしくは指揮官らスタッフの正確な特性把握。及び敵勢力の正確な分析」は、端的に言ってしまえば、自他の戦力の見極めを意味する。いわゆるスカウティングである。
選手の特性を正しく理解(とは言え、未知数のポテンシャルや成長幅を含めて、50%も認識できていれば上出来な要素ではあるが)できていれば、指揮官が施工するフットボールの方向性が、所属メンバーに適したものかどうかを正確に判断できるようになる。また、他クラブの選手と指揮官の特性、施行しているフットボールの方向性を正確に調査できていれば、自分たちのスタイルがどれだけの効果を挙げられるか、おおよその検討が立てられる。
が……ニュルンベルクはそれができなかった。不振の最たる原因の一つだろう。
ここまでぱっと見の印象では、フロントは自分たちが使える予算の限界については、ある程度正確に把握しているように見受けられる。が、その資金をどこに注力するかについては、配分を見誤っている感が強い。スカウティング能力のレベルの低さと、指揮官の能力の足りなさは、この小規模クラブにとって致命傷になり得る。
『 敵を知り、己を知れば百戦危うからず』
とは、あまりにも有名な孫氏の教えであるが、ニュルンベルクはまさにこの段階から躓いていたということになる。見習うべきは予算的には更に制約が厳しい、イタリアの地方クラブだろう。彼らはあまりにも勤勉でしぶとい。規模の大きさでは比較にならないミランやインテルといったビッグクラブに、度々煮え湯を飲ませている。
端的にまとめるなら、ニュルンベルクはシーズン開始前から、情報戦で敗戦を喫していたということだ。そして今も尚、この戦いで遅れを取っている。
情報を笑うものは情報に泣く。予算の少なさから注力を断念せざるを得なかった部分があるのかもしれないが、せめて自分たちの抱えている選手たちについては、より正確な適正を見極めて欲しかったように思う。
続いて(b)の 「 上記に基づいた選手・スタッフの選考。もしくは指揮官の特性を把握した上での、効果的な選手補強&放出」についてご説明しよう。
これはどちらに重きを置くかによって動き方は変わるものの、言うならば資金が足りなくて満足に選手や監督を獲得してくるのは不可能なのだから、
・選手がメインなら、今チームにいる選手に一番合った戦い方ができそうな監督を招聘
・監督がメインなら、今チ―ムにいる選手の中で移籍金がある程度見込める選手を放出して、監督の好みに合う選手を、予算の範囲内で可能な限り獲得する
という意味になる。現在のニュルンベルクの場合、他クラブに高額で売却可能なクオリティを持つ選手は不在なので、半ば必然的に前者を選択することになる。( ※実際には資金力の弱いクラブは、選手よりも監督選考にこそコストと予算をかける方が得策というのが筆者の考えなのだが、今日この段階で触れるべきことではないので、今回は割愛させていただく)
こうして考えると、ニュルンベルクが今回招聘したヘルトヤン・フェルベークは、果たして適切な人選と言えるのか? この点、甚だ疑問が残る。
一応前もってお断りしておくと、フェルベーク個人の仕事ぶりには、筆者はある程度の評価を与えている。オランダのAZでは2度のリーグ戦4位、ヨーロッパリーグでベスト8、国内カップ戦の制覇等、一定の成績を残している。彼自身がそこまで悪い指揮官とは思えない。
だが、このクラブの現在置かれている状況と果たさなければいけないノルマに、彼の能力が合致しているかどうかは、まったく異なる問題だ。ニュルンベルクというクラブの所属メンバーは、個々のクオリティがお世辞にも高いとは言えない。しかし攻撃的なフットボールというのは、心身の余裕があって、初めて効能性が高まるものだ。
心に余裕がなければ、攻撃に創造性や連動性は生まれ得ない。心を病んだ状態で歌うアーティストが、人々に生きる活力や恋する気持ちを震わす音楽を与えられるか? 断じて否だろう。ようはそれと同じことである。
更には技術的な問題以上に、精神状態は深刻な問題と言える。今回の低迷は、選手個々のクオリティや戦術面の問題以上に、選手たちの精神的な動揺・怯懦に苛まれたことによる影響が大きいためだ。
確かに、個々の技術的なクオリティでは、他のライバルクラブに見劣りするかもしれない。しかし彼らも、曲がりなりにもブンデスリーガという、世界最高峰リーグの一角でプレーする選手たちである。チームに現存する多くの選手は、正しい心身のコンディションと情報を持って試合に臨めば、何ほどのことはできるだけの能力は備えているはずだ。
だが……である。如何せん自信の喪失とアイデンティティの欠如が、彼らから余裕を、挑戦する心を奪っていく。この悪循環から抜け出せない限り、例えワールドクラスの選手を1人、2人と獲得できたとしても(実際にはそれも不可能なのだが)、チーム全体のパフォーマンスは向上が見込めない。
監督もまた人間である。調和を重んじる者、厳格な規律をもって臨む者、冷血な者、温厚な者……あらゆるキャラクターが存在する。その中でも今回、チームの現状改善に最も有効な人選は、ショックを与えて感情的な反発をエネルギーに代えられるものだったように思う。この観点から考えて、フェルベークは果たして最適な人選だったのかどうか。筆者には疑問が拭えない。
無論、頂に続く道は一つではない。様々な方法があり、そのすべての選択に敬意は払う。だが、根拠たるデータと計画性を持ってフェルベークを招聘したと、関係者は胸を張って言えるのだろうか? この点についても、筆者には甚だ疑問が残るのだ。
「次から次と断られ続けたんだから、しょうがないじゃないか!」
と仰る識者もいらっしゃるかもしれない。だが、ここで強調しておきたいのは、
‘予算の範囲内’で適任者を探すことが至上命題
という状況下で、果たしてその努力は成されていたのかどうか? という一点に尽きる。
現状戦力の適切な認識がなければ正確に施工できるオペレーションでないとは言え、後任指揮官選びのドタバタっぷりを視る限り、クラブの動きには全く説得力がない。フロントが万一の場合に備え、常日頃から後任者のリストアップを充分に行えていなかったことは自明の理である。そのリスクマネジメントの欠如が、今日の泥沼とも言える状況へと繋がっているのだから、この点で弁護の余地はない。
まとめると、監督選考という一大オペレーションは、
①自分たちの立場や資金力を正確に把握し
②それを承知で指揮を取ってくれそうな人材をリストアップしておき
③その中から現有戦力、選手たちの特性を生かして粘り強く戦える指揮官
を招聘するのが、基本中の基本となる。ニュルンベルクはこの①~③、すべてに瑕疵があるように思える。厳しい評価になるが、低迷するのもむべなるかな……と言う他ないのだ。
幸い、動揺や恐怖はいまだにチームを苛んではいるが、少しずつだが内容は上向いている。チームを取り巻く雰囲気も、何かのきっかけで好転できそうなところまではきた。この点は指揮官の仕事ぶりと、この短期間でもそれに応えようと努力を続ける選手たちをおおいに称えてやりたい。少なくとも皆、戦うための意思は失っておらず、覇気もなく惰性で連敗するようなチームとは状況が異なる。
ひとまずは前半戦の最終節シャルケ戦で、前節のショッキングな結果を受けて、チームがどのような手立てを持って次の試合に臨むのかを見届けようと思う。その上で筆を取れる機会があれば、次回は具体的な改善策を模索していきたい。
(続)
筆者名:白面
プロフィール:だいたいモウリーニョ時代からのインテリスタだが、三冠獲得後の暗黒時代も、それはそれで満喫中だったりします。長友佑都@INTERの同人誌、『長友志』シリーズの作者です。チームの戦術よりも、クラブの戦略を注視。
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