突然だが、読者の皆さんはこんな話を聞いたことがないだろうか。
「高級住宅地に本拠を構えるチェルシーは、サポーターも高貴な人が多く、そんな人たちが集まるがためにスタンフォード・ブリッジは静か」
これはチェルシーサポーター、スタンフォード・ブリッジの特徴として、日本中に広く知れ渡っている見解だ。チェルシーに肩入れしていようがいまいが、日本のだいたいのプレミアリーグファンはこのような認識でいるのではないか。おそらく読者の皆さんの中にも、聞き覚えがある方は多いだろう。
しかし実状を追うと、いささか怪しい部分が見え隠れする見解でもあることが分かった。今回のコラムではその怪しさに迫るとともに、異なる目線から別の問題点を洗い出す。考えるべきことは、どうやら他にありそうだ。
≪確かに感じる静けさ≫
そもそもこのテーマについて考えるキッカケとなったのは、ジョゼ・モウリーニョ監督が先週口にしたこんなコメントだった。
「スタンフォード・ブリッジには独特の雰囲気がある。チェルシーサポーターが他のクラブのサポーターと同等、もしくはそれ以上にチームを愛していることは知っているが、通常彼らは熱狂的な雰囲気を作り出そうとするスタンスはとらない」
「もちろん、本当に必要な時は後押ししてくれるため我々もこの性質を尊重しているが、それはやはり独特の雰囲気だ」
いかがだろう。裏を返せば「もっと声を出して欲しい」という要請にも聞こえはしないか。実はモウリーニョがこのような話をするのは初めてではなく、前回チェルシーを率いていた際にも同様のことを言っていた。つまり現場の人間は、以前からスタジアムの静けさを気にしていたのだ。
察するに、今回の発言は11月6日に行われたUCLシャルケ戦の雰囲気を受けてのもの。あの試合は90分通してシャルケ側の応援ばかりが聞こえ、あまりの一方的な歓声にスカパー!の中継を担当した八塚浩さん、福田正博さんも触れずにはいられないほどだった。
また、人生初の現地観戦旅行として、この時ちょうどスタジアムを訪れていた兵庫県在住の大学生、岩佐健太さん(ツイッター:@keen_1124 )と薮内涼さん(ツイッター: @TsunTsun_7 )も「まさかスタンフォード・ブリッジがあんなに静かなんて思いもしなかった」と驚きの感想を寄せている。
確かにあの試合は、静かすぎた。
チェルシーサポーターを圧倒するシャルケサポーターの声援
≪上流階級層こそ≫
さて、ここで考えるべきことがある。
シャルケ戦の静かな雰囲気を作り出したのは、本当に「高級住宅地に住む高貴なサポーター」なのだろうか。日本一のチェルシー通、チェルシーサポーターズ・クラブ・オブ・ジャパンの藤永雅彦会長に話を伺った。
藤永会長は、「ミスター・チェルシー」ことニール・バーネットさんと長年の友人であり、ジャンフランコ・ゾラの送別パーティーにも出席した偉人中の偉人。コレクションの量、質ともに想像を絶する次元で、クラブ公式チャンネルのチェルシーTVから「アジアNo.1」のお墨付きをもらったこともある。そんな真のチェルシーサポーターである藤永会長は、今回のテーマについて以下のように語る。
藤永会長
「以前ロンドンに住んでいた経験から言うと、チェルシーサポーターが上品であるという指摘はそこそこ当たっていると思います。政治の中心地であるウェストミンスターに近いため、昔から政治家など上流階級側のサポーターが多くいました」
「しかし、そういった人たちこそシーズンチケットを持つ熱心なサポーターで、彼らが集まるからスタジアムが静かになるという考えはどうも腑に落ちません。だいたい、そのような人たちは仕事が忙しくて、平日の試合には行けない場合がほとんど。シャルケ戦も多くの人が行けなかったはずです。空いた座席は、普段来られない人たちに渡ったと思いますよ。他のクラブよりも上の層の人が多いだけに、こういったことが起こる割合は、チェルシーが特別高いのではないでしょうか」
直近のホームゲームのデータを見てみよう。以下は平日に行われたシャルケ戦と、その前後の週末に開催された試合の観客動員数だ。なるほど、平日と週末では数字に大きな開きがあるのが一目で分かる。
【10月27日(日)】
マンチェスター・シティ戦
41,495人
【11月6日(水)】
シャルケ戦
40,000人
【11月9日(土)】
WBA戦
41,623人
藤永会長は続ける。
藤永会長
「私もかつてシーズンチケットホルダーとして通っていたのでよく分かりますが、根っからのサポーターが集まればスタンフォード・ブリッジだって素晴らしい雰囲気になります。もっと言うと、そういうサポーターが集まった試合では、静かなんて感じたことはありませんでした」
《実は似たり寄ったり》
藤永会長の主張を証明するデータがある。
3シーズン前とやや古い調査ではあるが、イギリスのラジオ局『talkSPORT』が、当時プレミアリーグに属していた各クラブのスタジアムの騒音度をデシベル単位で調べ、ランキング形式で発表した。以下がその時に公開された順位だ。
1位:リヴァプール(97デシベル)
2位:マンチェスター・ユナイテッド(94デシベル)
3位:アストン・ヴィラ(89デシベル)
4位:エヴァートン(86デシベル)
5位:ブラックプール(85デシベル)
6位:ストーク・シティ(83デシベル)
7位:ニューカッスル・ユナイテッド(82デシベル)
8位:ウェストハム(81デシベル)
9位:サンダーランド(80デシベル)
9位:チェルシー(80デシベル)
11位:アーセナル(77デシベル)
12位:ウィガン(72デシベル)
13位:マンチェスター・シティ(71デシベル)
14位:トッテナム・ホットスパー(70デシベル)
14位:ブラックバーン(70デシベル)
14位:バーミンガム(70デシベル)
17位:ボルトン(69デシベル)
17位:ウォルバーハンプトン(69デシベル)
19位:WBA(67デシベル)
20位:フルハム(65デシベル)
リヴァプール、マンチェスター・ユナイテッドは別格として、それ以下はどうだろう。ご覧の通り、6位のストークから9位チェルシーまでほぼ同じ数字だ。もはや誤差の範囲とも言えるほど、ごくわずかの違いでしかない。ストーク、ニューカッスル、ウェストハム、サンダーランドはサポーターが熱狂的と言われることが多く、これらのクラブと肩を並べているチェルシーはむしろ優秀なくらいだ。
さらに特記しておきたいのが、スタンフォード・ブリッジの1.5倍近い観客収容力を誇るスタジアムを擁するアーセナルよりも上にいるということ。また、イギリス紙『Daily Mail』のチャーリー・スキレン記者は、「いまやホームサポーターがアウェイサポーターに押されるのはプレミアリーグ全体の問題」と論じており、言わば似たり寄ったりの状況下でチェルシーサポーターばかりが静かと言われてしまうのは、シャルケ戦のような極端な例があるからではないだろうか。
《シャルケ戦の静かすぎる雰囲気を作ったのは…》
以上のことからも、冒頭に挙げた「チェルシーサポーターは高貴な人が多く、そういった人たちが集まるからスタジアムも静か」という見方は怪しいと言わざるを得ない。
では、あの雰囲気を作ったのは誰なのか。
それはやはり、普段来ているシーズンチケットホルダーの代わりに席に座った観光客などだろう。前述の大学生2名はシャルケ戦の後に週末のWBA戦も観戦したが、静まり返っていたシャルケ戦とは打って変わって、「これぞ待ち望んでいた現地の雰囲気!」と感じたという。隣の席の客も、シャルケ戦は見るからに現地人ではなかったが、WBA戦は現地人と思われる人が座り大きな歓声を送っていたそうだ。
つまり、観に来たサポーターの層による落差こそが、今後克服すべき問題点と言えよう。もちろん観光客も含めてチェルシーサポーターであるため、「チェルシーサポーターがおとなしい」という意見は否定しない。しかし、その理由を上流階級の現地サポーターに押し付け、自らを省みないようでは改善も期待できない。なによりもマズイのは、「そういうものだから仕方がない」という諦めだ。
《我々にやれること》
チェルシーが優勝争いをするようになったのはここ10年くらいのことで、メディア露出の増加とともに最近サポーターになった人も多い。そんなサポーターがチャントやスタジアムでの振る舞いを知らないのも無理はなく、少なくとも日本人に関しては、昨年のクラブワールドカップの時にそのことを強く感じた。
だが逆に言えば、チェルシーにはそれだけの伸びしろがあるということでもある。モウリーニョの下でホームゲーム51勝15分0敗とただでさえ圧倒的な強さを誇っている要塞スタンフォード・ブリッジに、まだ改善見込みがあると分かればむしろポジティブなものだ。
だからこそ考えよう。
テレビの前で観ているから無関係ではなく、これはチェルシーサポーターみんなの課題だ。観光客として訪れる可能性がある我々がスタンフォード・ブリッジの雰囲気を冷めさせてしまわないよう、日頃からチャントなどを学び、いざ現地へ行った際には精一杯の応援をしようではないか。もし既に知っているのであれば、それを広めていけば良い。たとえ現地に行く日本人の数が知れている程度だとしても、そういった行いをするサポーターがロンドンの外にひとりでも増えれば、長い目で見た時に大きな前進を期待できる。
スタンフォード・ブリッジは最新鋭の設備が揃い、見やすく、美しく、そして数々の激闘の歴史が詰まった本当に素晴らしいスタジアムだ。欧州最高のスタジアムのひとつと言って間違いない。しかし監督に静けさを感じさせているようでは、ダメだ。
著者名:小松輝仁
プロフィール:長野県在住のサラリーマン。中学時代にチェルシーに魅せられ、サッカーの「観る楽しさ」に気付く。その魅力を広く伝えるため一度はサッカーメディアに拾ってもらうも、途中で無謀な夢を抱いて退社。現在はその夢を叶えるために修行中。
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