ボルシア・ドルトムント。ドイツ西部に位置する「鉄と石炭の町」のクラブは、非常に熱くチームを鼓舞する多くのファンを持つことでも知られる若者たちのチームである。指揮官ユルゲン・クロップが、試合前に理想のフットボールを「泥だらけのヘヴィメタル」と表現したように、その泥臭く勝利を求めていく若者たちの意思と強烈なメッセージ性がこのチームの根本には備わっている。まるで物語の主人公のように「白い巨人」レアル・マドリードを下すなど、昨シーズンのチャンピオンズリーグで躍進を見せたその姿に、多くのフットボールファンが欧州を席巻し「Super Depor(スーペル・デポル)」の名を冠したデポルティーボ・ラ・コルーニャや、「ラ・レアル」と呼ばれるレアル・ソシエダが見せた2000年代前半の躍進などを思い出したに違いない。端的に言えば、間違いなくドルトムントは「黄金期を生きている」チームなのだ。特にそのホームでの強さは圧倒的で、チームカラーでもある黄色と黒に染まったスタジアムは「蜂の巣」を思い起こさせる。刺激するかのように手を軽々しく突っ込んでしまえば、その中から強烈な毒を持った針が飛び出すのではないか。そんな緊張感に常に対処することがアウェイに乗り込んだ選手たちには求められるのだ。

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そんな蜂の巣へ飛び込むことになったのは、フランス人指揮官アルセーヌ・ヴェンゲルが率いる若きアーセナル。今季はドイツ代表メスト・エジルの獲得によって、今まで以上にテクニカルなチームへと転生しつつあるノースロンドンの雄は、既に多くの現地紙に「無敗優勝」を成し遂げた2003‐04シーズンのチームと比較され始めているように「黄金期」の尻尾を捕まえかけているのかもしれない。そんな2チームが試合をすることは、もしかしたら運命だったのではないか。そう思わせるような試合がグループリーグで見られたということが、幸せだったのか不幸だったのか。そこまでは筆者には解らない。

さて、試合に移っていくことにしよう。ドルトムントのプレッシングについては以前も記事で触れたことがある彼らのプレッシングは、二段階目にその本質がある。シンプルに攻撃を仕掛けていくだけでなく、奪われた後のことを考えた位置取りをすることによって「奪い返して」二次攻撃に繋げてしまうのである。そしてドルトムントという蜂が持つ最大の「毒」はそのショートカウンターだ。単純な攻撃では崩せない格上であっても、攻撃に移る瞬間を狙ってボールを奪い取ってしまえば無防備となる。そのボールを奪いやすい状況を作り出すことを90分間やり続けながら、相手の息の根を止めてしまうのがこのチームの特徴だ。アルセーヌ・ヴェンゲルだけでなく、昨シーズンの躍進によって恐らく世界中の監督たちがドルトムントへの対策を探し始めたであろうことは想像に難くない。そしてアルセーヌ・ヴェンゲルが辿り着いた1つの術は「リスクを避ける」という方向に特化したものだった。

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例えばラムジーが図のような状態でボールを持った時、赤いラインで示した線に出すパスには大きなリスクが伴う。何故なら「前を向いた状態」でドルトムントの選手がボールを奪い取れる可能性が高いからだ。そうなってしまえば、最高にスピードに乗った状態で殺傷力のあるドルトムントのショートカウンターを受けることになりかねない。アウェイというのもあってか、ヴェンゲルが優先したことは「敵の長所を消す」ということだった。

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1つ目はこのように、選手間の距離を短くするというものだ。こうなってしまえばシンプルにパスカットは簡単では無いし、その上ほとんどの場合受けたボールを少ないタッチでリターンしていたので、なかなかボールを奪うことは出来ない。もし出来たとしても、距離が短いのですぐさま密集地で対処出来るという訳だ。

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 2つ目はこのように、選手を外に走らせながらボールをスペースに出していくというパターンだ。このパターンでは縦パスよりもボールを奪いにくいし、中央で奪われるのと比べればリスクも少ない。もしロイスに奪われたとしても、後ろ向きで奪ったところからはなかなかスムーズなカウンターには移りにくい。

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そして非常に面白かったのがこの3つ目である。ラムジーがCBにボールを預けてサイドバックのポジションに入ると、一気にサニャがオーバーラップ。そこに浮き球を放り込むというものである。サイドバックに浮き球を競らせるということは非常に少ないが、実際このプレーにリスクは非常に少ない。浮き球であれば、途中でパスカットしてカウンターには移りづらい。サイドバックのスペースにもしっかりと蓋をしてある上に、上手くロイスがサニャについて来た場合は「相手の最も危険な攻撃の起点」を下がらせて封じてしまうことにもなる。また、これを何度か見せることによって相手のプレッシングを弱めていくことも出来たのだ。

このように工夫を凝らし、ドルトムントの「勢い」を封じることでアーセナルは試合を自分たちの望むようにコントロールしていった。後半開始早々に、一気に攻勢を強めて打ち破ろうとしたドルトムントだったが、自分たちのチームがあくまで「敵を誘い込んでこそ、存分に力を発揮できる」特性を持つことは疑いようのない事実だった。オフサイドトラップによってスピーディな攻撃を更に制限され、攻撃を意識しすぎることでバランスを崩したドルトムント相手に、アーセナルは相手のお株を奪うようなショートカウンターで対応。相手のミスから二次攻撃に繋げると、好調を保つラムジーが走り込んで先制点を奪う。結局のところ「ドルトムントを誘い出す」ためにアルセーヌ・ヴェンゲルは策を何重にも用意していたのだ。その後も蜘蛛の巣に囚われてしまった蜂は、最早何時ものように羽ばたく事は出来なかった。「リズムを崩す」ことによってドルトムントの「勢い」を封じるアーセナルの術は、非常に興味深いものだったことは間違いない。しかし、それと同時に「ユルゲン・クロップはあえてアルセーヌ・ヴェンゲルの術に嵌ったのでは」という疑念も消えることはなかった。まるでヘヴィメタルのバンドのように、彼らのフットボールはリズムを崩されてもなお、その信念だけは曲げようとしなかった。それこそがホームで奏でられる最高の音楽であるかのように彼らは歌っていた。「いくら対抗策を練られてもドルトムントは死なないし、曲がることすらない」と。ユルゲン・クロップと黄色に染まった若者たちから送られたメッセージのように、その音だけは蜂の巣で響き続けていた。


筆者名:結城 康平

プロフィール:「フットボールの試合を色んな角度から切り取って、様々な形にして組み合わせながら1つの作品にしていくことを目指す。形にこだわらず、わかりやすく、最後まで読んでもらえるような、見てない試合を是非再放送で見たいって思っていただけるような文章が書けるように日々研鑽中」
ツイッター:@yuukikouhei

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