今冬UAE1部リーグのアル・ナスルのテクニカルディレクターに就任した、スヴェン=ゴラン・エリクソン氏。
かつて2001年から2006年までイングランド代表監督を務め、そして1度の欧州選手権、2度のワールドカップを戦ったエリクソン。4月6日のガルフニュースに彼のロングインタビューが掲載され、その中でイングランド時代の仕事について語っている。その内容を抜粋してお伝えする。
・「メディアはプライベートを区別してくれない」
「私は常にイングランドでいい仕事をしていたと思う。しかし、当時の人々はそうは思わなかったようだ」
「2002年ワールドカップ、EURO2004で我々は準々決勝進出という結果に終わった。その時には、十分な結果ではなかったと思った。しかし今振り返ってみると、悪い仕事はしていなかったと思う。とはいえ、そういうのも人生のうちだからね」
「私がイングランドに戻ってタクシーに乗ると、皆こう言うんだ。『スヴェン、戻ってきてくれよ。君はいい仕事をしていた』とね。ありがたい話だが、それには6~7年遅いんだ」
「英国のマスメディアに関して言えば、悲しいことにプライベートを区別してくれないのだ。我々は皆私生活を持っている。子供と、家族と、あるいは恋人と何をしようが、プロサッカー選手としての生活とは全く関係がない」
「しかし、マスメディアはそれを理解しない場合がある。あるいは理解したくないのかもしれないね。彼らはいつも混同する。時折、自分が犯罪者になった気分にさせられた。今思えば、何も間違ったことはしていなかったがね」
「それは政治家であっても同じことだ。デイヴィッド・キャメロンも、トニー・ブレアも、私生活は簡単ではなかっただろう。また、王族はそれよりはるかに悪い状況だ。イングランドは王室や主将を誇りにするべきだと思うし、非常に奇妙なことだ。それはフットボールチームにおいても同じだ。少なくとも改善策は必要ではないか」
「私はタブロイド紙に何が書いてあるかは知らないが、信じるにしろ、信じないにしろ、多くの人々はそれを読んでいるんだ」
・「起こるかどうかわからないものに備える動機付けは困難」
「メディアは別れの理由の一つではある。しかし2006年に準々決勝よりも進んだところで、仕事は失っていただろう。少なくともサッカーの理由でね。それは私が辞める理由になったものより多少はマシだったろうが」
「2002年、2004年、2006年と3度準々決勝で敗北した。そのうち一つはロナウジーニョのシュートで、そしてポルトガルにPK戦で2度敗れた。わずかな差だ。いずれのチームも我々より良くは見えなかったが、それが我々のレベルだった」
「私はスポーツ心理学を学ぶべきだったと思う。当時の私はそう考えなかった。2006年には必要ないと。それは大きな間違いだったと思っている。起こるか起こらないか解らないもののために何かを行う動機付けは、非常に困難なものだ」
「自分はそれをするべきだったが、しなかった。とはいえ、やっていたとしても結果は同じだったかもしれないがね」
「2006年ワールドカップのPK戦は、私のキャリアを通じて最悪の敗北だった。そのあとに何が言えるというのだ。次があるなどとは決して言えない。最後なのだからな。この失意を乗り越えるのには、時間がかかった」
「あれは、私がサッカーに従事する中で最大の仕事であったと思う。大きな大会で勝利するチャンスがもたらされることはなかったが、2年おきに6000万人のファンを背負って戦うことが出来るという気分は、とても強烈だった」
「イングランドのリーグを包む空気は幻想的なものだ。風雨の中、そして雪の中でスタジアムに向かい、パブの外でビールを立ち飲みするTシャツ姿のファン。その光景は美しいが、私はもう見ることが出来ないんだ」