「チェルシーは4日、アンドレ・ヴィラス=ボアス監督を解任したことを公式サイトで発表した。後任はチェルシーのOBでWBA前監督のロベルト・ディ・マッテオ氏がアシスタントコーチから昇格。シーズン終了まで指揮を執る」
眠い目をこすりながら、Twitterのタイムラインを見ていた筆者はこのビッグニュースにとても驚いた。なぜなら、チェルシーがシーズンの途中にこの新進気鋭の指揮官を解任するとは考えていなかったからだ。
確かに、今シーズンのチェルシーは期待されたほどの成績を残しているとは言い難い。プレミアリーグでは27試合を終えて、13勝7分7負の勝ち点46で5位。首位を走るマンチェスター・シティとの勝ち点差が20という現状は、近年、プレミアリーグ王者の座をマンチェスター・ユナイテッドと争ってきたクラブとしては、芳しい成績だとは言えないものであった。
しかし、ヴィラス=ボアスを解任したことはプラスになるのだろうか。サッカー界に限らず、チームの不振の責任を取らされるのは監督であることは間違いの無いことではある。だが、33歳の革命家がチェルシーにもたらそうとしたものは、少なくとも今シーズンだけを見据えたものでは無かったはずだ。それは、中長期的な視点が必要になるパスサッカーをチェルシーに植え付けるという壮大なプロジェクトではなかったのか。
バルセロナ、スペイン代表の活躍が目立つサッカー界では、パスサッカーを導入するクラブが増加傾向にある。実際、イタリアの強豪ローマがバルセロナBを率いていたルイス・エンリケを招聘するなど、これまでには無かった動きが見られている。観る者を楽しませつつ、勝利を手にする事ができるパスサッカーは究極の戦術であるといっても過言ではない。しかし、そのようなスタイルは一日で完成する訳ではないことは広く知られている。現在、バルセロナが栄光の時代を歩んでいるのは、先人たちから受け継がれてきたクラブのアイデンティティの積み重ねが実を結んでいるからなのだ。
前述したローマも序盤はなかなか結果が出なかったように、パスサッカーの構築にはそれ相応の時間が掛かる。ましてや、栄光の時代を築いたモウリーニョ時代の「堅守速攻」が染みついたチェルシーである。「それ相応の時間」が長いことは予想できたはずだ。それだけに、就任1年目での解任には首を傾げざるを得ない。クラブに新たなアイデンティティをもたらすはずの旗手を短期間で監督の座から引きずり下ろす行為は、目先の勝利に目が行き、中長期的な視点を欠いていることの証明だ。個人的には、ローマのようにオーナーとクラブが青年監督を全面的にバックアップするべきだったと思う。
もちろん、ヴィラス=ボアスにもエクスキューズはある。それは、前線の軸となるべき「フェルナンド=トーレスの不振」と「モウリーニョの影」だ。
移籍市場が閉まる直前の2011年1月31日にリヴァプールから西ロンドンにやってきた「エル・ニーニョ」はキャリア最大の不振に陥っている。今シーズンの成績を見ても、リーグ戦22試合に出場して2得点という数字は世界有数のストライカーにとって不甲斐無いものである。とはいえ、トーレス自体の動きが悪いわけではない。単純にチームの戦術とマッチしていないことがこの不振の要因だろう。トーレスはスペースがあることで、持ち味を発揮するタイプのストライカーである。つまり、カウンター向きの選手であるということだ。しかし、今シーズンのチェルシーはポゼッション重視のサッカーを導入した。当然、相手陣内にスペースは少なくなる。その結果、トーレスは自分の持ち味を活かすことができなかったのだ。この問題はヴィラス=ボアスも頭を悩ませたことだろう。なぜなら、高額の移籍金で獲得した(しかもオーナーの肝入り)選手がベンチを温めている状況はオーナーであるロマン・アブラモヴィッチとの関係にも少なからず影響を及ぼすからだ。そして、結局、ヴィラス=ボアスはトーレスの蘇生に最善を尽くしたものの、彼の在任中にトーレスが復活することはなかった。
トーレスが開幕からゴールを量産していれば・・・。結果論ではあるが、もしそうなっていればヴィラス=ボアスの早期解任はなかったのではないだろうか。
そして、「モウリーニョの影」である。圧倒的なカリスマ性を持ち、タイトルという結果で周囲の雑音を封じてきたこの稀代の名将の後を継ぐものは例外なくこの問題に直面する。それは、以前指揮を執ったチェルシー、インテルの両チームで監督交代が相次いでいることからも分かる。恐らく、タイトルを獲得することにおいて、モウリーニョの右に出る者はいない。それだけに、モウリーニョが去った後の虚無感凄まじいものがある。それ故、モウリーニョの後任監督は、幾多のタイトルをもたらしたモウリーニョと比較され続け、結果が出なければスタンドから「モウリーニョ・コール」が容赦なく降り注ぐ。ポルト、チェルシー、インテルでモウリーニョのアシスタントコーチを務め、「モウリーニョ二世」とも呼ばれる(本人はその名称を嫌っているが)ヴィラス=ボアスであれば尚更だったはずだ。
チェルシーでは満足の行く結果を残せなかったヴィラス=ボアス。しかし、彼はまだ33歳であり、監督としての未来が前途洋々であることは間違いない。いつの日か、ヴィラス=ボアスのアタッキングフットボールがサッカー界を席巻する日が来ることを楽しみにしたい。
2011.3.5 ロッシ
※選手表記、チーム表記はQoly.jpのデータベースに準拠しています。
筆者名 | ロッシ |
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