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2011年度、レアル・マドリーはアジアツアーとして、中国の広州・天津2か所を訪れた。直前にはアメリカツアーも行ったレアル・マドリーだがベッカム時代から久しく来日しておらず、今回のアジアツアーには東京も含まれていた可能性もあっただけに、日本滞在が実現せず残念に感じていた。それが故に公開練習だけでも取材しようと天津へ向かった。

天津の街並み

天津は中国サッカー・スーパーリーグに所属する「天津泰達足蹴倶楽部」の本拠地。北京国際空港から高速バスで3時間、新幹線なら北京南駅から30分という距離にある。市区人口500万人を超える大都市で、中国国内でも6番目に大きな都市となる。日本では天津甘栗のイメージなどがあるが、実際は天津甘栗という名前の食べ物は存在しない。バスからは近代的な高層ビルが立ち並ぶ街並みが続く。雰囲気は日本に例えるならば横浜、お台場あたりだろうか(写真参照)。天津がこれほど大規模な発展を遂げている想像していなかったため、中国の成長ぶりを見せつけられたと感じたが、一歩道路に降りて地元民を見渡すと生活臭が漂う。華やかさとかけ離れた貧富の差が存在するのだ。

交通事情はルールはあってないようなもの。自動車、自転車、人々が入り乱れる交差点。鳴り続けるクラクション。あちこちにたむろする人々。この街を表現するのであれば、近代化と貧困が同時に別方向からやってきて、それがごちゃごちゃになって一体化しているような印象を受けた。私がジーパン・Tシャツ的な日本でいうところの普段着なのに、なぜか現地の人混みに混じると、どこぞのお金持ちかのように見えてしまう。コーディネートの違いなのか、とにかく非常に目立ってしまうのだ。現地の人々も似たような格好をしているが、暑さのせいか男性は上半身裸の人が非常に目立ち、日焼けなのか肌の色が濃い人々が目立った。

治安に関しては特に危険と思うことはなかった。目立つのでやはりお金目当てでいろいろな人々が近づいて来るが、暴力とかそういう類の危険さを感じる事はなかった。アジア特有の混沌とした危険さを感じたが、それ以前に衛生面が非常に心配になる所だった。

レアル・マドリーはかなりのハードスケジュールで天津に入った。広州のツアーを終え、深夜チャーター便で空港へ到着したのは深夜2時。しかし、そのような時間にも関わらず、空港には数百人単位の多数のファンが詰めかけた。天津では8月6日に天津泰達とのフレンドリーマッチを予定しており、4日、5日の2日間はオリンピックスタジアムで練習が行われた。4日の17時からの練習に関しては100元(日本円で約1300円ほど)で公式チケットが販売された公開練習だった。

スタジアムまでは天津駅前からタクシーに乗った。時間にして20分弱。料金は日本円で600円ほど。高速道路のような道をかなりの距離走るので、もしや行き先を間違えているのではないのかと冷や汗をかいた。地図では徒歩でも頑張れば行けそうなイメージだった事も不安な気持ちに拍車をかけた。とにかく中国語以外はまったく通じない。紙にあの手この手でいろいろ漢字を書いて伝えたが、広い中国だけに毎回自分がどこにいるのか不安になった。スタジアムは大型ショッピングモールと高層マンション群のある大通り沿いあった。川のようなものが周囲に張り巡らされ非常に近代的な雰囲気のする建物。昼前の段階ではスタジアム前には20人近いダフ屋とファンがちらほら。お昼過ぎからは徐々に人が集まり始め、ユニフォームや飲み物を売る露店が賑わいだす。ダフ屋も活動を活発化させてチケットを販売していた。

近代的なスタジアム

ファンは全体的に年齢層が若く、主に10代半ば~30代くらいまでの男女で構成されている。ユニフォーム着用率も比較的高めだが、レアル・マドリーのシャツに紛れてインテルやマンチェスター・ユナイテッドなども見かけた。しかしオフィシャルのものなのかどうかは定かではない・・・。言葉が通じないため、現地のファンと交流する事ができずにいたが、そこは国際的なレアル・マドリー。黒人2人組に声をかけるとアフリカのトーゴ出身者だという。トーゴからモンゴルへの留学中にレアル・マドリーのイベントを知って駆けつけたという。トーゴでもレアル・マドリーは大人気。国を超えて人種を超えてファンを獲得できるレアル・マドリーはやはり偉大だ。

公開練習の方は、中国側組織委員会の統制がうまく取れておらず、ピッチの上に選手が出始める段階になっても、カメラマンや記者などの導線がうまく敷かれていなかった。関係者の説明によると選手とレアル・マドリー関係者のための通用口はあらかじめ決定していたが、カメラマンや記者などの通用口は決めていなかったとのことだった。急遽レアル・マドリー側のセキュリティの判断で彼らの後に続くように指示が出され、ピッチに上がらずに通用口手前で待つように指示されたが、待っていたのは私と数名のスペイン人たちのみ。なんと中国のメディアの人々は言葉の問題もあるのか、勝手に好き放題ピッチ入っていた。これにはレアル・マドリー側のセキュリティもだいぶ声を荒げていた。

ピッチへ堂々と入る記者達練習場のファン

スタジアム内はファンの人数が想像を下回り驚いた。公開練習に詰めかけたファンは約3000人。レアル・マドリーでこの人数である。ロナウド、カカ、カシージャス、シャビ・アロンソなどギャラクティコが揃っているのにも関わらずだ。日本であれば少なくとも1万人くらい、いやもしかすると2万人ほどは容易に集まったのではないだろうか。ファンはそれぞれがメッセージボードなどを掲げて練習を観戦。ボードやフラッグにはバルセロナあり、ブラジル国旗あり、インテルありでなんでもありという感じだ。

天津ツアーの看板
アディダス広告

ひとつ不思議な現象に気付いた。何が不思議なのか上の写真を見て気付く事ができるだろうか。左はカカが全面に押し出された広告。後ろにロナウドが映っている。右はスタジアムの正面に出されたイベントの看板。こちらも正面を向いて映っているのはカカである。そう、中国ではカカがレアル・マドリーの広告塔のように扱われているのだ。左の写真はアディダスの広告のため、ナイキと契約を結ぶロナウドではなくアディダスと契約を結ぶカカが全面に押し出すも致し方ない事だが、カカ以外の選手の影が非常に薄いように感じたのである。この事は公開練習の会場でも感じる事ができた。集まった観衆はカカ以外の選手にまったく注目していないように感じるのだ。その理由は「カカの名前以外を全く呼んでいない」からである。わずかに一度だけ聞いたのがカシージャスを呼ぶ声。それ以外は99%カカのみである。この現象を不思議に思ったのは、私だけではないだろう。

スタジアムではポルトガルから来た二人の兄弟と、ドイツから来ていた男性二人組に出会った。話によると欧州でレアル・マドリー、アジアツアーに当選したということで、飛行機、ホテルなど、全てをイベント側のサポートを得て中国に来たとのことだった。当初の話では、選手たちと同じフライト、同じ宿泊先、中国国内での全てのイベント・記者会見への帯同、という話だったが、どうやらモウリーニョ監督の意向でフライトと宿泊先は別にされたという。そのためチャーターの直行便で来ることができず非常に疲れたようだった。しかし面白いのは、ドイツ人はバイエルン・ミュンヘンのファンで、ポルトガルの兄弟はベンフィカのファンという。なぜレアル・マドリーのイベントに応募したのだ!と言いたくなったが、欧州でもレアル・マドリーは特別な存在なのかもしれない。

ファビオ・コエントラン

当然ながら4人は広州のツアーへも参加したそうだが、広州では天津の様にカカだけに応援が集中していたということは無かったそうだ。公開練習も天津の倍くらいの人が集まったといい、試合においてはスタジアムの90%が埋まっていたとのこと。ポルトガルの兄弟はロナウドの存在が全く目立たないことが、非常に残念そうであった。ロナウドだけでなく同国の有名選手カルバーリョ、話題のコエントランなども帯同しているにも関わらず、ポルトガル選手が注目されていないのは甚だ納得いかない様子。選手たちもどう感じていたのだろうか、と思うほど、「カカ」のオンパレード。それくらいカカにしか注目が注がれていない公開練習だった。カカ本人も去就が注目されていただけに気まずかったのではないか。

練習はゴールキーパー組と2組のフィールドプレーヤーに分かれた3組で行われた。モウリーニョ監督は手にノートを持ち何やら気難しそうな顔をしながらピッチの上をゆっくり歩き回った。時々アシスタントコーチのルイ・ファリアと会話する様子もみられた。練習は彼らの表情からわかるように厳しく行われていた。中国ツアーの後に控える大一番、スーペル・コパの準備もあるだろう(スーペルコパはバルセロナに敗戦)。選手たちも特に疲れた様子なども見せずに、皆練習に励んでいた。特に笑顔の出るような練習の雰囲気ではなかった。

モウリーニョがレアル・マドリーの監督に就任してからは、インテル時代同様に彼の話題が絶えることがない。しかし、イタリアほどスペインでは受け入れられていないように感じる。イタリアではファンもアンチも含め、モウリーニョに対する様々な意見がメディアを賑わしたが、スペインでは彼を否定的に見る向きが強いと感じる。成績に目を向けると、リーグ戦ではバルセロナの後塵を拝し、そのバルセロナはチャンピオンズリーグを制覇。コパ・デル・レイを制覇したとはいえ、ライバルとの溝は埋まっていない。スペシャル・ワンは今季こそ巻き返さねばならない。もちろん選手達も同様に思っているだろう。そんな決意が感じられる厳粛な雰囲気で練習は行われていた。

乱入サポ

練習中、突然歓声が起きた。何かと思えば、中国人ファンがピッチに乱入して選手に抱きつこうとしたのだ。言うまでもないがカカ狙いである。さすがにレアル・マドリーのセキュリティはアジアツアーといえども黙っていない。中国側のセキュリティまでピッチへ出動する大捕物となった。しかし騒ぎはここで終わらなかった。またしても別のサポーターが乱入。次々と連鎖し結局10人近いサポーターが乱入する。相次ぐ乱入はスタジアムを騒然とさせ、選手達も練習どころではない雰囲気となる。しかし、この騒ぎを沈静化させたのはモウリーニョだった。

血圧の上がるセキュリティを止め、乱入した2人のファンを見学用にピッチ脇のシートに座らせるモウリーニョ。この光景にはファン全員から感嘆のため息がもれた。こういった行動ができる監督がどれだけいるだろうか。彼はファンの心理をも掌握しているのか。私もモウリーニョのファンの一人として、このようなサプライズが見られて非常にうれしかった。

乱入サポ

日本人であれば、2階席からピッチに飛び降りて選手に抱きつく人などいないだろう。しかし、私も同じアジア人として彼らの気持ちがわからなくもないと思った。アジアから欧州は遠い。自分たちではなかなか行けない国から、憧れのクラブ、そして憧れの選手が来ているともなれば興奮するだろう。関係者たちみんなが怒り狂う中、モウリーニョ監督はファンの目線にも立って、頭ごなしに叱りつけずに対話しようとプロフェッショナルな姿勢を貫いた。

私はそばにいた中国人女性ジャーナリストにどうしてカカがこんなに人気があるのかと尋ねてみた。彼女もカカがこれだけ人気あることにはびっくりした様子だったが、「中国人にとって、彼の名前は覚えやすくて発音しやすい。容姿も、黒髪、茶色い瞳とアジア人に近い雰囲気があって非常にハンサム。それで人気があるのではないだろうか」と答えてくれた。全体的な印象として中国人は好奇心が旺盛でとてもミーハーだ。先ほどのポルトガル人兄弟と、ドイツ人も笑って言っていたのだが、彼らがバスを降りる時に、ホテルの前に100人近い人が集まり写真撮影の嵐にさらされたという。みんなは彼らが選手だと誤解しているようで、あちらこちらで写真撮影を頼まれたそうだ。

ゴンサロ・イグアイン

練習終了後、天津初日の記者会見にはイグアインとベンゼマの2名が参加した。参加した中国メディアは100人近い人数。中国記者からいろいろな質問があがり、通訳がスペイン語に翻訳していく。傍らでたたずんでいたプレスマネージャーは時々質問に反応しては、肩をすくめたりしていた。中国人記者は割とダイレクトに鋭い質問を投げかける傾向があるように思う。2009年のスーペルコッパ・イタリアーナ、インテル-ラツィオ戦のときも思ったのだが、インテルがラツィオに敗れた記者会見で一番初めに出された質問が「どうして同気温、同条件のピッチで行った試合でインテルがラツィオに負けたのですか?」であった。これに対してのモウリーニョ監督の回答はただ一言「わかりません」。非常に気まずい雰囲気になり、マネージャーたちもそのような質問はやめてくださいと顔色を変えたのは記憶に新しい。もちろんその後の記者会見の進行は微妙なものとなり、他の記者の質問も早々に打ち切られた。今回の記者会見はそこまで重苦しい雰囲気ではなかったものの、言語の問題もあり、フレンドリーという感じのする記者会見でもなかった。

天津で過ごしたのはたった2日間だったが、中国はなんとパワフルな国だろうか。スタジアムが開場になったとき、皆が一斉に歓声を上げて建物中央の階段を上って行った。そのファンの後ろ姿を見ながら、日本でもかつては欧州クラブのアジアツアーが行われこのような光景があったことを思い出した。今はすべてのクラブが市場開拓に中国を選択しており、日本はまるで忘れ去られたような感がある。ファンたちの溢れんばかりの元気のよさが、中国経済が潤っている様子に重なってみえた。レアル・マドリーの関係者に「どうして日本へは来ないのですか」と尋ねてみるとこんな答えが返ってきた。

「日本が我々を必要としているなら、いつだって行く準備はできている。しかし日本が呼んでくれなければ・・」

彼が示唆したのはイベントを企画する人がいないという事だろう。果たしてそれは本当だろうか。中国の好景気がいつまで続くのかは誰にもわからないが、また日本の経済が盛り返してきたときには、是非日本で彼らの姿をみたいものだ。

(筆: M. Takano)

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