歴代アジア王者 Vol.4 - 1996年 サウジアラビア代表
(アジアカップ1996 in UAE)
No. | 名前(Name) | 所属クラブ | |
---|---|---|---|
GK | 1 | モハメド・アル=デアイエ | アル=ターイ |
21 | フセイン・アル=サディク | アル=カディシア | |
DF | 2 | モハメド・アル=ジャハニ | アル=アハリ |
3 | モハメド・アル=ヒライウィ | アル=イテハド | |
4 | アブドゥラフ・ズベロマウィ | アル=アハリ | |
5 | アーメッド・ジェメール・マダニ | アル=イテハド | |
13 | フセイン・スレイマニ | アル=アハリ | |
19 | ハリド・アル=ラシェイド | アル=ヒラル | |
25 | ハミス・アル=ザフラニ | アル=イテハド | |
MF | 6 | ファド・アミン | アル=シャバブ |
8 | ハリド・アル=テマウィ | アル=ヒラル | |
12 | イブラヒム・アル=ハルビ | アル=ナスル | |
14 | ハリド・アル=ムワリド | アル=アハリ | |
16 | ハミス・アルオワイラーン・アル=ドサリ | アル=ヒラル | |
17 | アブドゥラー・アル=ガルニ | アル=ナスル | |
20 | ハマザ・サレ | アル=アハリ | |
24 | ハミス・アル=ザフラニ | アル=イテハド | |
FW | 9 | サミ・アル=ジャバー | アル=ヒラル |
10 | ファハド・アル=メハレル | アル=シャバブ | |
15 | ユスフ・アル=チュナヤン | アル=ヒラル |
VS | スコア | 得点者 | |
---|---|---|---|
GL第1戦 | タイ | ○6-0 | アル=テマウィ×2 アル=メフレル×2 アル=ムワリド アル=ジャバー |
GL第2戦 | イラク | ○1-0 | アル=メフレル |
GL第3戦 | イラン | ×0-3 | |
準々決勝 | 中国 | ○4-3 | アル=チュナヤン×2 アル=ジャバー アル=メフレル |
準決勝 | イラン | △0-0 (PK4-3) |
|
決勝 | UAE | △0-0 (PK4-2) |
1994年のワールドカップで望外ともいえる決勝トーナメント進出を果たし、世界に驚きを与えたサウジアラビアは同年に行われたガルフカップをも制し、アジア最強の名を欲しいままにしていた。そして迎えた1996年のアジアカップでは元ポルトガル代表監督のネロ・ヴィンガーダを指揮官に据え、2年前のワールドカップ組が10人も本戦のメンバーに名を連ねた。その中にベルギー戦で伝説的なゴールを決めたサイード・オワイランの名は無かった(出場停止処分中)が、その影を振り払うようにチームは頂点へと一歩一歩進んだ。
UAEの3都市で開催されたこの大会でサウジはイラン、イラク、タイと同じグループBに入った。緒戦は格下タイ相手に6-0と完勝。開始9分で相手GKが退場し、PKまで得るなど完全に主導権を握った。30分以上を残し6点差をつけると、主力3人を次々と交代させる余裕もみせ、いい形で大会のスタートを切る。第2戦のイラン戦では潰し屋のマダーニを起用が功を奏し、相手の攻撃をシャットアウト。終盤、ゴールをあげたFWメハレルを下げる磐石の守備固めで虎の子の1点を守り切り、2連勝を飾った。グループで唯一連勝し、首位に立ったサウジだったが、イランとの第3戦に落とし穴が待っていた。ジャバーを外し、MFアミンを起用するなど守備を考慮したスタメンを組んだものの、後の無いイランの果敢な攻撃の前に鉄壁を誇っていた守備陣にほころびが見え出す。イランの攻めを怖がるあまり、ラインがズルズルと下がり、相手を掴まえられない状況が続く。前半だけで2点を失い、2人選手を入れ替えて臨んだ後半も、開始早々にアジジに決定的な3点目を奪われる苦しい展開。得失点を考えれば1点でも返したいサウジだったが、幾度もポストに嫌われるなど得点が遠い。終盤、今度はイランのムサビのシュートはポストに助けられ、さらなる失点はなんとか免れた。結果的にタイ戦での大勝とポストに救われる形でサウジはわずか得失点差1の2位でグループリーグを通過した。
グループ3位を逃れ、開催国UAEとの対戦を回避できたサウジは5日後の準々決勝で中国と相対するが、この試合も序盤で立て続けに失点する悪い流れ。攻めるしかないサウジは前半30分で勝負に出る。DFを下げ、ウイングのアル=チュナヤンを投入。すると、この起用が当たり、わずか12分間で3得点を奪い、前半のうちに試合をひっくり返す劇的な逆転勝ちを収めた。辛勝ながらも準決勝進出を決めたサウジはイランとの壮絶な再戦も制し、4大会連続となるファイナル進出を決めた。そして、12月21日にシェイク・ザイード・スタジアムで行われた開催国UAEとの決戦もさらなる激闘となった。0-0でむかえた試合終盤にDFスレイマニが一発退場となり、すでに交代枠を使い切っていたサウジは延長を含め残り時間を耐え凌ぎ、PK戦に全てを託す。6万人の大観衆の後押しを受けるホームUAEに対し、抜群の集中力と冴え渡る読みをみせる守護神デアイエがこの舞台で躍動をみせる。UAEの2人目サレーのキックを完璧にストップすると、天まで味方につけたかのように、4人目ハッサン・サイードのボールはポストを叩く。そして、サウジの5人目アル=ムワリドの左足がネットを揺らしたその瞬間、2大会ぶり3度目となるアジアの頂点をその手に掴み取った。
スタンドに陣取ったサウジサポーターのもとへと一斉に駆け出す選手と関係者たち。緒戦を除けば残り5試合全てが苦しいものだったが、その道のりの最後にはこれ以上ない歓喜が待っていた。新エースとして期待を背負った24歳のアル=ジャバーは2ゴールと不調で、大会終盤になると途中交代が相次いだ。そんななか、チームを優勝に導いたのは同じく24歳のGKデアイエを中心とした守備陣の奮闘だろう。おなじみの黒いキーパースパッツに身を包み、しなやかな身のこなしでチームのピンチを救い続けた長身の守護神はMVPこそアジジに譲ったものの、彼の活躍なくしてサウジの優勝はありえなかった。また、大会終盤にスタメンの座を勝ち取ったベテラン アル=チュナヤンは攻撃を活性化させるラッキーボーイ的存在を果たした。優勝チームながら大会ベストイレブンに選ばれたのは、上記のGKデアイエ、CBとして守備を支えたズベロマウィ、そして右サイドから切れ味鋭い飛び出しを見せたアル=テマウィの3人のみ。それは決してパーフェクトなチームではなく、苦闘の末に栄冠を勝ち取ったこの大会のサウジを象徴するような数字といえるだろう。
(筆:Qoly編集部 I)
歴代アジア王者 Vol.1 - 2004年 日本代表 (アジアカップ2004 in 中国)
歴代アジア王者 Vol.2 - 2000年 日本代表 (アジアカップ2000 in レバノン)
歴代アジア王者 Vol.3 - 2007年 イラク代表 (アジアカップ2000 in タイ、マレーシア、ベトナム、インドネシア4ヶ国共催)