1月24日、世界を沸かせたフアン・マタのマンチェスター・ユナイテッド移籍。このニュースの影に隠れ、もうひとりのレジェンドは静かにチェルシーを去っていった。
マイケル・エシエンがミランに移籍した。交渉合意は同じ24日に発表されたが、翌日のイギリスメディアはマタの移籍一色。対してエシエンのニュースは小さな扱いで終わり、この差に比例するかのようにSNS上のファンのリアクションも専らマタの話題に傾いた。
近年の両者の状況や、チェルシーとユナイテッドのライバル間取引であること等を考慮すると温度差が生じるのも無理はないが、チェルシーサポーターには今一度、エシエンが居なくなることの意味を考えて欲しい。
We've been looking back through pics of @MichaelEssien's Ghana side ahead of their game tonight and found this...#CFC pic.twitter.com/X9bUlAW2EP
— Chelsea FC (@chelseafc) 2013, 11月 19
◆最後まで“青”を貫いた偉大なるレジェンド
振り返れば、栄光も挫折も味わう波瀾万丈のチェルシーキャリアを過ごしたが、一貫してチームのために尽くしてくれる選手だった。
リヨンでの大活躍に惚れ込んだジョゼ・モウリーニョ監督が獲得を切望し、クラブ史上最高額の移籍金2440万ポンド(当時のレートで約48億円)でやって来たのが2005年8月19日。そのわずか2日後に迎えたアーセナルとの大一番に後半13分から出場すると、とても初戦とは思えない堂々たるプレーを披露し、1-0の勝利にいきなり貢献する素晴らしいデビューを飾った。
熾烈なポジション争いを避けて通れないチェルシーに加入しながら、そのままあっさりスタメンを掴んだエシエンは、圧倒的なダイナミズムと底なしのスタミナを見せつけ移籍1年目からプレミアリーグ優勝を経験。2年目以降もその勢いはとどまるところを知らず、FAカップ、リーグカップと国内タイトルを総なめにし、2007-08シーズンには史上初となるチャンピオンズリーグ決勝進出の大きな立役者となった。
これらの業績が評価され、チェルシーの年間最優秀選手賞をアフリカ人として初めて受賞したり、バロンドール候補に3年連続でノミネートされたりと、名実ともにスター選手の仲間入りを果たす。当時、フランク・ランパード、ミヒャエル・バラック、クロード・マケレレらと形成する中盤は、世界最強とも言われた。
しかし、そんな順風満帆のキャリアは、長くは続かなかった。
2008年9月5日、ガーナ代表として出場したワールドカップ予選のリビア戦。この試合で、膝の前十字靭帯を断裂する重傷を負ってしまう。半年後に復帰を果たし一度はレギュラーを掴み返したものの、それまで欠場知らずだった人とは思えぬほど怪我が増え、負傷離脱を重ねるうちに定位置を失った。
その後、レアル・マドリーへの1年間のローン移籍を経て、今夏モウリーニョ監督とともにチェルシーに復帰するも、やはりピッチ上に居場所はなかった。
【2013-14シーズンCMF出場試合数】
ラミレス:30試合
ランパード:26試合
ミケル:25試合
エシエン:9試合
※2014年1月24日の時点
かつてバロンドール候補の常連だったスター選手が、若手でもないのにローン移籍を余儀なくされ、復帰後もベンチを温める日々……。普通のメンタルなら腐ってしまうだろう。特に今シーズンはチャンピオンズリーグの登録メンバーにさえも入れず、大きなショックを味わったはずだ。
しかし、エシエンは下を向かなかった。裏方になると今度は仲間を支えることに従事し、不満ひとつ漏らさずチームのために貢献し続けた。
象徴的な例がふたつある。
ひとつは昨年8月30日に行われたバイエルンとのUEFAスーパーカップでの一幕。2-2の激闘の末、PK戦までもつれたこの試合は、ラストキッカーを務めたロメル・ルカクのPK失敗によってバイエルンに軍配が挙がった。
ルカクは泣いた。人目もはばからず、ピッチ上で号泣した。
このとき最も親身になって寄り添ったのがエシエンだった。落胆する後輩の肩を抱き、何度も何度も励ましの声をかけた。
Picture you may have missed last night: Lukaku consoled by Ribery pic.twitter.com/BtmZDRPoFY
— B/R Football (@br_football) 2013, 8月 31
さらに今年1月1日、今回のマタのユナイテッド行きの引き金を引いたとされるサウサンプトン戦でも同様の振る舞いを見せている。
懸命に走りながらも後半早々に途中交代を命じられたマタは、ベンチに戻った後あきらかに苛立っていたが、この様子を真っ先に気にかけたのもエシエンだったのだ。
Essien. What a lad. pic.twitter.com/NIK9YCR0UB
— Gary Cahill IndoFans (@IndoGaryCahill) 2014, 1月 2
動画: http://www.youtube.com/watch?v=USkHatP-DoQ
主力としてピッチに立とうと、裏方に回り外からサポートする立場になろうと、8年半もの間、常にチェルシーのために尽くしてくれた。今回、そんな功労者の最後にしては、あまりにあっさり送り出してしまった感がある。だからこそ今一度、感謝の意を確認しておきたかった。
エシエンが残した数々の業績は、今後も人々に語り継がれていくことだろう。とりわけ見る者すべてを脱帽させた2つの年間最優秀ゴール(後述)は、チェルシーサポーターにとって一生モノの宝の記憶となったに違いない。そしてこの衝撃的なゴールとともに、最後の最後まで青く輝いてくれたことを、決して忘れない。
ありがとうエシエン。ミラノでの成功を、心より祈る。
チェルシーMFマイケル・エシエン
【在籍】
2005年8月~2014年1月
【出場】
256試合
【得点】
25ゴール
【タイトル】
・チャンピオンズリーグ1回(2011-12)
・プレミアリーグ2回(2005-06、2009-10)
・FAカップ4回(2006-07、2008-09、2009-10、2011-12)
・リーグカップ1回(2006-07)
・コミュニティシールド1回(2009)
【個人賞】
・チェルシー年間最優秀選手賞1回(2007)※アフリカ人史上初
・チェルシー年間最優秀ゴール賞2回
→①2006-07:プレミアリーグ第17節アーセナル戦
→②2008-09:UCL準決勝バルセロナ戦
著者名:小松輝仁
プロフィール:長野県在住のサラリーマン。中学時代にチェルシーに魅せられ、サッカーの「観る楽しさ」に気付く。その魅力を広く伝えるため一度はサッカーメディアに拾ってもらうも、途中で無謀な夢を抱いて退社。現在はその夢を叶えるために修行中。
ツイッター: @blue_flag_fly