フットボールが単なる足し算や引き算の積み重ねならば、世界中でこんなにも愛されることなかっただろう。ボールを足で扱いゴールに叩きこむシンプルなスポーツだが、そこには非常に複雑な戦術や関係性などが存在し、人々はそれに熱狂し頭を悩ませる。

結果は3−1、見事に完敗と言えるスコアだ。内容もチェルシーが上回っていた。ただ、個人的には悲観しすぎるほどでは無かったように思える。別に強がっているわけではないし、なにも今シーズンの成績に達観仕切っているわけでもない。もちろんハッピーワンに同情に近いコメントを頂くようになってしまった状況を好としているわけではないが、現状を考えれば予想範囲内ではあった。

キックオフ直後のユナイテッドは非常に良かった。両サイドから相手を押し込み、ゴールに何度も迫った。徐々に右サイドを中心とした攻めにシフトし、バレンシアがアスピリクエタをゴリゴリと押し込んでいく。前の試合、前半はトップ下に固定されたで窮屈そうだったヤヌザイは2トップ気味にポジショニングをして、前線を自由に動いた。この試合のマン・オブ・ザ・マッチはエトーで間違いないだろうが、この若き天才はチェルシーの最終ラインを何度もヒヤヒヤさせた。輝きは誰の目にも明らかであった。

ここまでは良かったのだが、エトーの一撃によって状況が一変。チェルシーに落ち着きを与えた一点は、ここがスタンフォード・ブリッジだということを青いユニフォームを身にまとった者たちを正気に戻した。あっさりとジョーンズがエトーのフェイントにかかりバランスを崩すと、エトーの放ったシュートはキャリックに当たりゴールネットへ吸い込まれる。このゴール以降、チェルシーの活きの良い3シャドーが徐々にギアを上げ始めてユナイテッドゴールへと迫り始める。前半終了間際のCKからあっさりエトーをフリーにして押し込まれると、後半のプランは限定される。

後半開始10分経たずにCKからエトーにハットトリックをプレゼントすると、モウリーニョの手のひらから飛び出すことは不可能に近かった。チチャリートが一点を返すも、今日のユナイテッドにはコレが精一杯だった。

ゲームを振り返ればこんな感じであるが、個人的にはバレンシアとアザールの関係についてポイントを当てて見て行きたい。

【押すか引くか】

ユナイテッドから見たチェルシーのストロングポイントはあの3シャドーだ。アザール、オスカル、ウィリアンという上手くて速くてなんでも出来る厄介極まりない選手が2列目に3人も揃う。リーグ第2節で相手にしたチェルシーとはまるで違う。ボールを持たれると、マルチなプレーが出来るチェルシーの3シャドーにとっては良い材料になってしまう。モイーズは押すか引くかのゲームプランを迫られた。そして押す方を選んだのである。

前のコラムにも何度も書いているが、今のユナイテッドの前線は前にスペースがあったほうがいい。ましてやチェルシーには高さと強さが光る最終ラインが構えていることを考えれば、広いスペースにスピード勝負したほうがいい状況に持ち込める可能性が高い。押し込んだ状態でバレンシアが右サイドを崩しても、中央に構えるのはラミレス、ルイス、テリー、ケーヒル、イヴァノヴィッチだった。ウェルベックとヤヌザイ、それにヤングや二列目が飛び込んでも枚数が足りない。

守備を考えると引きすぎるのもリスクが有る。元々バイタルエリアで細かくパスを出し入れされると脆さを見せるユナイテッドは、引いてスペースを消したとしても、相手にポゼッションさせることでフレキシブルに動く3シャドーにとっては活躍の場を与えてしまうことになる。モイーズにとっては押すほうがリスクは少ないと決断したのだろう。

ピッチの上ではそれなりに成果は出ていた。バレンシアがアスピリクエタを押し込み、アザールもセットで押し込んだ。アザールはこの試合あまり前線で躍動は出来なかったように見えたが、試合全体を見ればスコアもあってかモウリーニョがあまり上がらずにバレンシアをケアしろと指示していたかもしれない。ただ、チェルシーの3シャドーが3人同時に高い位置を保ち自由にプレーした場面は思ったほど多くは無かった。モイーズの3シャドーに対するリスク管理はこの点ではうまく行っていた。

しかし右サイドを押し込んで、キャリックが高い位置を保ち3シャドーへの線を絶ちにかかったことでポゼッションするものの、ジョーンズは1人広いバイタルエリアをカバーしなければならなかった。負担が大きかったせいか持ち前のダイナミズムはあまり見られず、慎重になりすぎて最初の失点を招いてしまうこととなる。タラレバを言えば、ジョーンズとキャリックの役割を入れ替えるか、思い切ってジョーンズも上げ、最終ラインをもっと押し上げるくらいのリスクを取りにいくべきだったのかもしれない。

エトーによる簡単なフェイントにかかってしまったジョーンズだが、相手を崩すために必ずしも大きなフェイントが必要だとは限らない。相手が優位に立っている状況では、些細な動きもフェイントになってしまう。例えるならば、テストに簡単なひっかけ問題が出題されたとしよう。普段なら何気なく解けるものだとしても、開始直後に解きにかかるのと残り時間1分の焦った状況で解きにかかるのでは違う。バルセロナ時代のエトーにチャンピオンズリーグ決勝で先制されたことを思い出してしまった。あの状況で、エトーという相手にあの距離感で、いつもより気負ったジョーンズはマークに付いてしまった。あの勝負はどちらのコースを切るか決めきれないジョーンズの対応のまずさを見ても、対峙した時点でエトーの貫禄勝ちだった。

序盤は押し気味に試合を進めていたユナイテッドだがこの一点でチェルシーは無理に前に出る必要がなくなった。あとは点を取りに来るユナイテッドに対してスピードのある前線がカウンターで沈めればいい。結果的に後の追加点はセットプレーからであったがチェルシーのこのような余裕は見ていて感じ取れた。

セットプレーについては完全にピッチ上でのミスだ。これまでモイーズの責任にしていたら首がいくらあっても足りやしない。ユナイテッドは右サイドを綺麗に崩して一点返すも三点差を前にはどうしようもなかった。モウリーニョの掌で転がされていたのだ。

【予定調和を超えるには。】

ユナイテッドが仮に先制点を取っていたとして、その後引いて耐えてカウンターに持ち込むゲームプランがあったかどうかはわからない。実際にはチェルシーが先制してそのままセットプレーで追加点を上げて勝ち切ったのだから妄想しても仕方がない。ただ、アシュリー・コールもしばしば押し込まれるバレンシア相手にアスピリクエタ1人で耐え切れるとは、モウリーニョは思っていなかったはずだ。それでも中央を固めればどうにかなる、そのように見えた。わかっていて簡単にやらせるか、といってもそんなに簡単なものではない。スピードのあるクロスが不意に当たればオウンゴールの可能性もゼロではないからだ。ただし、「クロスしか無い」、とわかってさえいればそのリスクも取る価値は出てこよう。

バレンシアの突破力は確かに優れてはいるが、あまりにもその先のパターンが少ない。しかも切り込んでからのシュートの意識が皆無に近い。チェルシーは最終ラインを上げずに守っているため、中央にはどっしりと構えるボックスが揃っており、それに挑むのは基本的にはウェルベックとヤヌザイのみだ。これではどちらが有利かおわかりだろう。逆サイドのヤングも飛び込まず孤立して消え、3列目からペナルティボックスに侵入してこなければ、バレンシアのクロスの選択肢はかなり限定される。これでシュートを打ちにいかないのだから、アザールを使って突破されるにも時間を掛けて守れば中央の人数は足りる。後はボールを拾って前線に任せておけばいい。

おそらくユナイテッドの攻撃に関して、モウリーニョにとっては予定調和だったように思われる。そしてモイーズにとっては予想外のセットプレーでの2点を失った。

ユナイテッドにはトライデントが必要だ。トライデントは先端が3つに分かれた槍である。バレンシアも例えれば槍の様だが、彼の場合は将棋の香車であってそのままでは王将へ矛先を向けられない。中央と両サイドからその矛先をゴールマウスへ向ける必要があるのだ。バレンシアは相手エリアに侵入すれば、その時点で「成る」必要があり、ゴールという名の王将を落とすには横に動かなくてはならない。香車のままでは横に動けないからだ。中央からしかシュートが飛んでこないなんて守る側からすれば怖くはないのだ。チェルシーの3シャドー+エトーであればおそらくあらゆる角度から崩しにかかれる。そこが決定的な違いだろう。あわよくば後ろからラミレスがそれに絡んでくる。ユナイテッドも中央に構えるのがファン・ペルシーとルーニーという名刀ならばその必要は無いのかもしれない。そのままテリーとケーヒルごとぶった切ってしまう可能性も十分ある。ただその名刀はこの試合にはいなかった。

左足は使えなくとも、決まる確立は少なくとも、シュートを撃ちに行くだけで、相手の反応は変わる。相手が迷えば他の選手のチャンスにもなる。常々思っているが実にバレンシアはもったいないのだ。モウリーニョの予定調和を崩すにはまずはここだったのだ。

何度も思い返すが、今年のバロンドールがユナイテッドにいたころ、彼がボールをどこで持っても、相手DFとGKは気を引き締めなければ行けなかった。40m離れていてもシュートを叩き込める上に、貪欲にゴールに迫ってくる。おまけに右足、左足、頭、となんでもありだ。テベスもルーニーも揃っていたころ、まとめて出場すればその3人で崩しきって誰でもフィニッシュを狙っている。ベルバトフの加入によってこのユニットは崩壊するが、個人的には近年最強のアタッキング・ユニットはあの3人だったと今でも思っている。最強のトライデントだった。

贔屓目に見ても個々の戦力やマネージメント能力はチェルシーのほうが上だと言わざるをえない。もちろんこれだけで全てが決まるわけではないが、真っ向から組合に行けば不利なことに変わりはないのだ。奇策に走れというわけではないが、相手の想像を超えるような何かを与えなければ苦しいのは言うまでもない。モウリーニョを焦らせることができなければ、対等に戦うことは現状難しいだろう。マタがそのためのピースになれるかどうかはわからない。ただ、競争が熾烈になることで何かが変わることを期待する他ないことは言うまでもない。マタが救世主になるかどうかは、ピッチに立ってから語ろうじゃないか。


筆者名:db7

プロフィール:親をも唖然とさせるManchester United狂いで川崎フロンターレも応援中。
ツイッタ ー:@db7crsh01

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