エジルという世界屈指のチャンスメイカーを手にしたフランス人は、慎重なコメントを選びつつも久しぶりに立つ頂上からの景色を楽しんでいることだろう。

チャンピオンズリーグでもドルトムント相手に非常に見応えのある試合をこなしたことで、ヨーロッパの舞台でもそのクオリティが国内だけではないことを証明したロンドンの雄は、リーグ戦首位という名を引っさげて相性の悪いオールド・トラッフォードに乗り込んできた。

近年この地ではさっぱりな成績と十分なネタを提供してくれるアーセナルは、オールド・トラッフォードの住人にとって非常に「良い」対戦相手であった。しかし、今年は立ち位置が異なる上に指揮官が違う。といってもその旧指揮官はベンチにいないだけでスタンドにいることが多く、銅像まで立っているのだから、実質「居る」と表現しても差し支えないのだが。

話は戻って、好調アーセナルとは対照的に指揮官が変わりエンジンのかかりが悪いユナイテッド。例年ならばそろそろアクセルを踏み込み始める時期だが、いかんせん今年はドライバーが異なる。百戦錬磨の名ドライバーから、乗り代わったドライバーは、未だに乗り物の性能を探っている最中で、スムーズなドライビングを披露するまでには至っていない。パーツバランスや組み合わせなど、セットアップに苦心している。

しかし勝ったのはユナイテッドだった。

【ハードワーク・ユナイテッド】

試合を観ていればおわかりいただけたと思うが、モニター越しにも「ハードワーク!ハードワーク!」という熱が伝わってくるアグレッシブさがピッチに溢れていた。決して美しくはない。だが、全員がファイターと化したユナイテッドはアーセナルにらしさを発揮させなかった。

ユナイテッドも攻撃で崩しきる場面は多くなく、アーセナルも上手く守っていた印象が強い。前半は中央からサイドに逃げて、精度が高くないクロスを放り込む場面が非常に多かったからだ。ただ、それはアーセナルとて同じで、彼らも中央に居場所を見いだせず、リズムが作れなかった。アーセナルの何人かの選手がリズムを作りきるコンディションでなかったことと、ユナイテッドの選手のハードワークによって、お互いの攻撃は崩しきる場面をあまり見せずに時間が過ぎていった。リズムが作れないと苦しいのはどちらかと言えばアーセナルだろう。アタッキングサードに入っても、怖さをあまり感じずにいた。

ユナイテッドも決定機を演出しきれない、と思った矢先にCKからファン・ペルシーが合わせて先制点をゲット。移籍で念願のタイトルを手に入れたことと現在のアーセナルの順位を踏まえて、試合前からアーセナルサポーターの様々な英国ならではの煽りが加熱していたが、それを吹き飛ばしたゴールだった。

前半終了間際にヴィディッチが接触プレーで交代を余儀なくされ、後半に後手に回る可能性があったが、ジョーンズは中盤にいても最終ラインにいても、90分間常にアグレッシブな守備を披露した。ハッキングされたエジルのTwitterアカウントもそうなるわな、と納得のパフォーマンスであった。

ハードワーク故に、多少の攻撃を犠牲にした感がないわけではない。特に香川は守備に忙殺されていた場面が目についた。しかし、それでも勝つためにはハードワークが必要だ、という共通認識が誰一人欠けることなく徹底され、見事に勝ち点3という結果を手にした。

ユナイテッドのウィングプレーヤーは、バレンシア以外に守備力に長けるプレーヤーはいない。そもそも守備力に優れたウィング・サイドアタッカー、という発想がらしくないのだが、それでも現代フットボールにおいては戦術上、あるに越したことはない。言ってしまえば香川はウィングではない上に守備も得意ではないが、他の選手に比べハードワークの必然性を理解・実行できる賢さと、上がってきたコンディション、ゲームを壊さない確実な技術、を評価されて先発の座を勝ち取ったのだろう。開幕したころからに比べれば嘘のようだ、と皆さん思っても仕方ない。もちろん攻撃面でもっと見せる必要があるし、もっと出来るだろう、という場面はいくつもあった。1年やっても欲しいタイミングでボールがまだまだ出てこないのだな、という場面ばかりだ。それでも試合に出なければ結果を出す機会すらないわけであるから、一歩前進したと見て間違いないだろう。本人が一番欲していると思うが、ゴールとアシストという数字の結果が一刻も早く訪れることを願うばかりである。

【さっぱりエジル】

お互い様ではあるが、このところハードな試合が続いていたのでこの試合でパフォーマンスが落ちてもなんら不思議ではない。それに加え、アーセナルは何人かの主力選手が欠けていたことも事実である。もちろん、極端に落ちたメンバーのクオリティではないことはメンバーの名前を見れば明らかだが、それでもオールド・トラッフォードで白星を手にするには不十分だったようだ。

あのヴェストファーレンでドルトムントの猛攻に耐え切り、見事勝利したことで、受けに回っても上手くやる印象を持ったのだが、この試合ではそうではなかった。

失点自体はセットプレーで仕方がない。メルテザッカーがいれば、というタラレバを言えばキリがないが、それ以外の部分では割りと上手くいっていた様に見受けられる。フラミニを中心として中央を割らせることはあまりなく、特にエヴァンスがボールを持った際に詰め寄ってロングボールを蹴らせることを徹底していたことでキャリックにビルドアップをスムーズにさせてはいなかった。

ただし、自分たちのビルドアップも上手くいかなかったことでリズムを掴みきれなかったのも事実だ。エジルはサイドに流れて怖い位置でボールを受けることはあまり多くなく、チャンスメイクするパスも精度を欠いたものが多かった。また、ラムジーもルーニーらのハードワークに阻害されて好調時のパフォーマンスではなかった。

後半に、フラミニが下がってウィルシャーが入ったことでビルドアップの質は改善したが、ハードワークを続けるユナイテッドのゴールネットを揺らすことは出来なかった。ユナイテッドを愛する私が言うのも何だが、内容自体は決して悲観するものではなく、報道によれば風邪が流行っていたとのことであるし、スケジュールを考えれば許容できる内容であったものだと見る。ただしめぐり合わせなのか、ユナイテッドに与えた勝ち点3はユナイテッドにとってそれ以上の価値をもたらしそうなことは見逃せない。

【気がつけば水色より上】

中位でふらついていたユナイテッドだが、この試合をモノにしたことで首位まで勝ち点差5、順位も5位に上げることに成功した。またもサンダーランドがやってくれたお陰で、勝ち点差1であるが隣人より上にいる。

モイーズの表情にも明るさが戻ってきた。もちろん結果が付いてき始めているからということは言うまでもない。シフトアップはまだまだ出来るはずだ。一時的な調子で一喜一憂し過ぎてもタイトルが約束されるわけではないが、ビッグマッチでの勝利はそういう気持ちにさせてくれるものだ。代表戦でこれ以上の怪我人が出ない限りは、次の試合まで気分が下がることは無い。時差の都合で試合後にビールを開けられなかったことが心残りである。現地ではさぞ美味しいビールが飲めたことだろう。サンタクロースにはオールド・トラフォード直通のどこでもドアをお願いしたいものだ。


筆者名:db7

プロフィール:親をも唖然とさせるManchester United狂いで川崎フロンターレも応援中。
ツイッタ ー: @db7crsh01


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