両クラブのユニフォームサプライヤーであるNIKEにとってみれば、共に高い契約を結んでいるチーム同士が、リーグ戦でぶつかありあうことが商業的に盛り上がることは当然である。事実、NIKEはこのカードに過去にも様々なイベントをぶつけてきているし、今回も“Make It Count”というキャンペーンの宣伝を行なっていた。集客規模でいけば、オールド・トラッフォードとエミレーツ・スタジアムで14万人近くの動員を見込める。そういえば、3Dによる放送も、私の記憶が確かであればこのカードで試みられたはずだ。
さて、前置きはこれくらいにして、結果からしてユナイテッドは見事に「ダブル」を達成し、勝ち点3を積み重ねることに成功した。リーグでのアウェー成績が今のところ一番良いとのことである。これも、直前に行われたシティ-スパーズの試合の結果が結果であれば、よりうれしいものであったのだが。
しかし、NIKEの力の入れ具合と結果とは裏腹に、サポーター以外の視聴者を楽しませたかといえばそうではなかった。一週間前のミラノ・デルビーのように、戦術的・内容的に濃さが見られるような、濃密さや緻密さに欠けた試合であったのは誰の目にも明らかであった。
開幕直後のオールド・トラッフォードでは、ユナイテッドファンであれば、何度もリピートを繰り返したであろう「8-2」のハイライトは今や過去のこと。何故ならば、両クラブ共に怪我人が非常に多く、ベストメンバーとは言い切れないからであった。メディアは両クラブの「レジェンド」が冬に帰ってきたことを取り上げていたが、アンリはベンチ入りできなかった。
キックオフ直後から、リズムを掴んでいたのはホームチームであった。ボールが落ち着かないユナイテッドからボールを奪い、素早く縦へ。ジョーンズが自爆とも言える不運な足首の負傷で、ユナイテッドは交代枠を早々に使うこととなった。しかし、ユナイテッドがなんとか凌いでいくうちに、アーセナルは自チームに抱える矛盾を露呈していくことになった。
アーセナルの前線と中盤はアーセナルの以前見せていたような、細かなディテールを表現するようなものでは無いことが明らかであった。その一人がウォルコットである。その快速を持ってして、カウンターでは世界最高の武器となり得るが、ボールポゼッションとパスを志向しているチームにおいて、パスセンスのなさは致命的であるように思える。中央でボールを持つにも、あまりに展開力が無いため、パスミスや、ボールが悪い意味で落ち着いてしまう。そしてロシツキー、ラムジー、ソングのセンターハーフたちは、やはり攻撃面でのアクセントになりきれず、ユナイテッドを破壊するほどの動きがあったかといえば、そうは言えない。これはやはりウィルシャーに頼る部分が大きいのだろう。そうは言っても、ウィルシャー不在のシーズンも半分を過ぎているので、このあたりが、ウィルシャー抜きの今のアーセナルの限界なのかもしれない。
とはいえ、ユナイテッドもかなり危険なミスを続けていたのは事実である。ギグスの中盤起用の副作用がここに現れていた。ここ数シーズンはすっかり中盤で起用されても驚くことはなくなったが、点が思うように獲れなければ、徐々に守備でのデメリットのほうが目につくものである。以前から指摘しているように、ユナイテッドのアシスタント・マネージャーであるマイク・フェランの無戦術さは主に守備面に現れており、オーガナイズされない守備は、アーセナルの矛盾したラインナップとともに、観るものを唸らせるようなものでは到底無く、苛立たしいリズムで繰り広げられる中途半端なカウンターの打ち合いにがっかりするものであった。連携も決まりごともなく中途半端にボールにチェックしに行くギグスはあくまでセンターのプレーヤーである、むやみにボールマンにチェックしにいっては中にはキャリック一人であり、ピッチを狭く使わないアーセナルにとってみれば、中のスペースは大いに開いていた。ゴール前で凌ぐユナイテッドであったが、狙った形での守備ではないので、ボールを奪い返しても、意図したキレのあるカウンターが見られたかといえば、そうではない。長年観ている両チームのファンからすれば、過去に魅力的だった頃を回顧しているのではないだろうか。
もちろん先制点が、精度を欠いたクロスを続けていたナニではなく、背番号11の伝家の宝刀から生まれたのは事実であり、そのすべてを否定することはできない。しかし、私はあくまでギグスは年令を重ねてもやはりウィングであると言いたいのだ。
こういった弊害を抱えながらも、試合はユナイテッド優位に進んでいた。理由として、ファン・ペルシーにボールがなかなか入らないアーセナルは、やはりアタッキング・サードでの攻撃に迫力がないことが挙げられる。もう一つは、アーセナルの最終ラインに問題があった、メルテザッカーだ。身長が2m近くあるこの巨大なDFは、明らかにコンパクトにパスを繋ぐアーセナルのフットボールには不的確なのである。もちろん怪我人の状況もあれば、相手の特徴によるところもある。しかし、ユナイテッドの前線は機動力に長けた選手ばかりであり、中途半端なクオリティの前線が容易にボールを失えば、すこし上げた最終ラインでのスプリント勝負で勝ち目はない。前述のウォルコットと共に、ヴェンゲルが志向するフットボールはこの二人によって、矛盾してピッチに表れていた。当然ユナイテッドもこの平面でのミスマッチを利用して、優位に立つ場面は幾度も見せたが、そこからゴールを奪うことは出来なかった。これによって、流れがアーセナルへ傾いていく。
徐々にバイタルエリアが空き始め、ラムジーやロシツキーが侵入し始める。ユナイテッドも決定的な場面を数回作るが、チャンスに絡んだウェルベックはスールシャールのように、相手を仕留めるようなしたたかさは持ちあわせていない。
いい形でボールを手にしたラファエルは、カウンターからルーニーにボールを預け、前がかりになっていたアーセナルの広大なスペースに上がってゆく。止めとなる二点目を決めたいところだったが、コシエルニーによって阻まれ、逆カウンターをもらってしまう。この試合で最も若いながらも、最も危険なプレーヤーであったチェンバレンは走りこむファン・ペルシーへとスルーパスを出す。しかし、エヴァンスのマークは外れていない。が、ダイレクトで放ったシュートはエヴァンスを抜けてゴールへと吸い込まれた。これが今季絶好調なストライカーの技術であることを明確にするかのようなゴールであった。
スコアがタイに戻り残り20分、選手交代を含めてどう動くのかということが鍵になると誰もが思っていたが、ここでフランス人指揮官は、アーセナルのサポーターとユナイテッドのサポーター、解説席をも疑問にさせる交代をさせる。この試合でアーセナルの攻撃の中心と誰もが思った最年少の選手を下げ、年々キレと勢いがなくなるアルシャヴィンをピッチに送り込んだのだ。チェンバレンがバテたようには見えない、本拠地のクラブのユニフォームを着たサポーターたちからのブーイングがエミレーツ・スタジアムに響いた。あまりに不可解な交代で、ユナイテッド側からすれば、これほど助かった交代はなかった。そしてユナイテッドも動く。スコールズとパクを立て続けに投入してきた。ウェルベックとチチャリートを替えると思われたが、パクを入れ、バレンシアをサイドバックに回したのにはおそらく2つ理由があると思われる。一つはパクのアーセナル相手への相性の良さである。相性といってもプレー的な曖昧なものではなく、ゴールという結果を出しているところ、それから、チェンバレンがいなくなったことで、アーセナルの左サイドをケアしすぎる必要がなくなったので、逆に押しこむ狙いがあったことの、2つが推測される。内容トータルで見れば、うまくいっていたとは言えないが、これがスコールズによって、決勝点を演出するものとなったのだからフットボールはわからない。中途半端なフリーキックからリスタートしたユナイテッド、ヴエルメーレンはパクが中に入ってきたため、マークしながらそのまま中央にいることになった。アーセナルは広大に空いた左サイド、トップフォームを取り戻したバレンシアをアルシャヴィンが孤立した形で守るという致命的なミスを犯してしまう。マッチアップの形としてはもちろんアルシャヴィンが付くのだが、スコールズから放たれた高精度のロングパスによって、サポートがない状態で既に後手に回っていたアルシャヴィンとバレンシアの勝負など、結果は目に見えていた。クロスのフェイントであっさりと振られたアルシャヴィンをかわして中央に切れ込むバレンシア、彼の左足が「飾り」であるのは事実だが、マークが散漫になっていた状態では右足のみで十分であった。最後にはウェルベックが叩きこんで決勝点。その後はアーセナルらしからぬパワープレーに出るが、凌いだユナイテッドが無事勝ち点3を積み重ねることとなった。
終盤にはアーセナルらしからぬラフプレーの連発で、イエローカードが飛び交った。ユナイテッドはこの試合でジョーンズのみならずナニとルーニーが離脱する可能性があるなど、実に痛々しい勝ち点3となった。2月は非常に厳しい過密日程が待っている。不幸中の幸いは、スコールズが戻ってきてからの三試合にすべて勝利しているということくらいだろうか。勝ち点3と0ではあるが、両クラブはそれ以上に大きなものを失ったのではないかと思える試合であった。
無論、チェンバレンを除いて。
※選手表記、チーム表記はQoly.jpのデータベースに準拠しています。
筆者名 | db7 |
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