バルセロナFWのティエリ・アンリのNYレッド・ブルズへの移籍が発表された。デイヴィッド・ベッカムのLAギャラクシー移籍以来の大物選手のMLS入りである。MLSは年々知名度をあげている存在であり、ワールドカップでもアメリカ代表が成果をあげている事から無視できない存在になりつつあるが、フランス代表として1998年のワールドカップ、2000年のユーロを制覇したメンバーであり、2000年代のプレミアリーグで最も成果を残したFWであるアンリが移籍する事は、多少なりともセンチメンタルにならざるを得ない。「フットボールシーンの本場はヨーロッパにあり」という説を100%迎合するわけではないが、世界中の選手がヨーロッパへの移籍やUEFAチャンピオンズリーグへの出場を夢見ている現状を鑑みれば、アンリにはまだまだ欧州で活躍して欲しかったと思わざるを得ないからである。「観光に行くわけではない」と発言しているものの、代表引退を表明した事で、その発言を素直に解釈することは難しいだろう。

バルセロナへ移籍してからのアンリはアーセナル時代の様な輝きを放つ事ができなかったと考える人が多いだろう。左のウイングやセンターフォワードで起用される機会が多かったが、リオネル・メッシという不世出の天才プレーヤーが中心となっているバルセロナでは、主役を望まず脇役として悲願のビッグイヤーを掲げるという目標の為にピッチに立っていたという印象を拭えない。アーセナル時代のアンリを知る者であれば、左サイドを疾走する姿や、ペナルティーエリア外の左45度から放つコントロールされたシュートなど、アンリらしいプレーをカンプ・ノウでも見たかったのではなかろうか。とはいえ、チャンピオンズリーグを制覇し、クラブ、代表におけるチームタイトルを全て獲得したという事実は、フットボーラーとして幸せだったのかもしれない。

アンリが在籍していた時代は、アーセナルの黄金時代であったと言って過言ではない。2003-2004シーズンには無敗優勝を飾っている。アンリの他に多くのスーパースターが在籍し、流れる様な連動性が武器のサッカーで世界中のファンを魅了した。しかし、黄金時代を形成したメンバーも毎年歳を取る。アーセン・ヴェンゲル監督は、30歳以上の選手とは複数年契約を結ばない方針で、チームの活性化を図るも、この方針が30歳が迫った選手との契約問題を引き起こす事になる。希望の契約が実るずとも我慢して残留し続けるか、多額の移籍金と引き換えに他チームへと移るか。選択肢は2つしか無かった。多くのベテラン選手が30歳間近にこの岐路に立たされ、選択を迫られた。かつてフランス代表のキャプテンを務めていたパトリック・ヴィエラも同様の選択を迫られた選手の1人である。

ヴィエラはアーセナルで花開いた選手であった。フランスで頭角を現すと、19歳でセリエAの名門ミランへ移籍。しかし、1990年代の黄金期のミランでは殆ど出番が無く、1シーズンでアーセナルへと移籍する事になる。そして、ヴェンゲルの元で強烈なフィジカルを活かしたプレーで中盤の要に成長し、アーセナルの黄金時代を象徴する選手の1人となる。しかし、アーセナルで7年間キャプテンを務めたヴィエラであっても、契約問題という恒例行事が訪れる。ヴィエラは世界最高クラスの守備的MFと評価される様になってから、毎年の様に国外のビッグクラブからの勧誘を受けていたが、例年騒動の末に残留を果たしてきた。しかし、2005年の夏、ヴィエラはあっさりとユヴェントスへ移籍を決断する。「あっさり決まった」背景には、ヴィエラ側の「長期契約が得られなければ移籍する」という思惑と、クラブ側の「30歳以上の選手は状態を見極めてから単年づつ更新、さもなくば売却」という思惑が一致したと見て問題ないだろう。もちろん、セスク・ファブレガスという新星の台頭もヴィエラ放出に踏み切った背景には存在する。

ヴィエラの10シーズンぶりのセリエA復帰は素晴らしいものとなる。ブラジル代表MFエメルソンと組んだ中盤は歴代最高クラスのユニットとなり、ユヴェントスは見事にリーグ優勝を飾る。しかし、この優勝はカルチョポリと呼ばれる不正疑惑により剥奪されてしまう。ヴィエラは前述の不正疑惑でセリエBに降格したユヴェントスを去りインテルへ移籍。インテルでも勝利に恵まれタイトル獲得に貢献するも、怪我により戦線離脱も増加。ヴィエラはチームにおいてかつての様な絶対的な存在ではなくなってしまう。そして、2010年の1月には出場機会を求めてマンチェスター・シティへ移籍。かつて世界最高の守備的MFと評された選手は、ワールドカップ出場の為にプレミアリーグへ戻るも、目標のワールドカップ出場は果たせなかった。

個人的な主観かもしれないが、近年「アーセナルを飛び出ていった選手」の多くが移籍先で不遇をかこった様に感じる。アンリはバルセロナと新契約を結べず、ヴィエラはビッグトーナメント出場の為に、契約を捨てて半年の契約でマンチェスター・シティへ移籍。アンリの後を追ったアレクサンドル・フレブは1シーズンで見切りをつけられ、契約延長オファーを断りミランへ移籍したマテュー・フラミニは、便利屋として扱われてしまっている印象を拭えない。アーセナルに残っていれば・・・と「たられば」を考えてざるを得ない。

今夏の移籍が噂されるのは、キャプテンのセスク・ファブレガス。果たして吉と出るか凶と出るか。


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