昨年限りで川崎フロンターレを退団したレアンドロ・ダミアンが、かつて所属していたサントス時代を振り返ったようだ。

2009年から2013年まで所属したインテルナシオナウで大活躍を見せ、ブラジル代表にも選出されたレアンドロ・ダミアン。2014年にサントスへと移籍したものの、1年後からはローン移籍を繰り返すことに。

その時のことについて『Resenha ESPN』でレアンドロ・ダミアンは以下のように語り、給料が支払われなくなっていたことを明かした。

「サントスに行く前、ロシアリーグのゼニト・サンクトペテルブルクからのオファーがあったんだ。ただ、ドイェン・スポーツ(マルタを本拠地として活動する投資ファンド。選手の保有権ビジネスを中心として)を介して、サントスがゼニトを上回る提示をしてきた!

僕はサンパウロの出身なので、家族の近くに住むことができるのはとても便利だったし、私にとってサントスと契約することは良かったんだ。特に妻が妊娠していたからね。

当時、ネイマールやアロウカなどサントスにいた選手たちに聞いたんだ。彼らは『サントスはちゃんと給料を支払ってくれるプロフェッショナルなクラブだ』と言っていた。だから僕も妻も安心していた。

ただサントスにいざ行ってみると、大騒ぎで迎えられたんだ。感謝はしたけど、僕はパーティがあまり好きじゃなく、常に家でくつろいでいたいタイプなんだ。

もう一つあったのは、インテルナシオナウ時代は全く怪我の問題がなかったのに、サントスに到着したときには恥骨の問題があったんだ。

リーグを戦っているときは常に痛みを伴っていた。高いお金で雇われていたので、僕は怠け者になるわけにはいかなかった。オズワルド・オリヴェイラ監督はいつも『大丈夫か、休むか』と聞いてきたが、僕はプレーしたいと答えていた。

恥骨に直接注射していたくらいで、とても痛かった。妻も苦しかった。そして同時に、サンパウロ州選手権が終わったらサントスはもう給料を支払わなくなった。

問題はクラブそのものではないよ。その時の従業員は素晴らしい人達で、今も友人だ。ただ当時経営陣にいた人には『いつ給料を支払うつもりなんだ?』と聞いても『分からない』と答えるばかりで、とても混乱したよ。幸せではなかった。

サントスに行ったときには誰もが『それは正しい選択だ』と言ったが、結局それはなんだったのか。僕以外にも何人か裁判で訴えを起こしたし、アロウカも僕と同じように去っていった。しかし、僕の獲得には大きなお金がかかっていたので、最も嫌われたのは自分だった」

インテルナシオナウからサントスへと移籍した際には4100万レアル(12億円)の移籍金が支払われていたこともあり、レアンドロ・ダミアンには批判が集まっていたという。

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2015年には実際レアンドロ・ダミアンはサントスに対して裁判をしており、肖像権の支払いが滞ったために契約解除を求めて争っていた。

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